第227話 妹の一撃
衝撃の一発、目から火花が散った。
今までこんなにしっかりと殴られたことは無かったので、ただの言葉のあやだと思っていたが、本当に漫画やアニメのような火花が目の前から散っていった。
親父にも殴られたこと無いのに……。
「お、お兄ちゃんのバカあああああ!」
妹はそう言うと倒れている俺に乗りながら、更に何度もビンタをかました。
『バシッバシッバシッドカッ』
ああ、回数と共に徐々に力が強くなる。
同時に段々意識が遠退いてくる。
思わず気持ちいいとさえ感じてしまう。
円との喧嘩の為か、妹の力が技術が向上している?
辺りが白くなる、暑さも感じなくなる。
「や、やめなさい」
ここでようやく呆気に取られていた円が止めに入ってくる。
「う、うるさい! そもそもあんたが悪いんでしょ!」
妹は円に腕を捕まれるも、俺から馬乗りなったまま動こうとはしない。
なんとか俺から離そうとグイグイ腕を引っ張るが、俺の胸ぐらを掴んだまま頑として動こうとはしない。
「ちょ、ちょっとキサラ! 止めないの?!」
円はそう言ってキサラに助けを求める。
「え~~?」
「校内暴力でしょ!」
「あーーでもほら、ただの兄妹喧嘩でしょ? 家庭内不介入だから」
民事不介入みたいに言うな……という反論が出来る状態じゃない。
円が妹の腕を引っ張る度に、俺の胸ぐらを握る手に力を入れる。
その度に俺の首が締まる。
唐突に殴られて朦朧としている意識がどんどん薄れて行く。
そして俺はそのまま……天に召された。
ああ、ここで俺の物語は簡潔に完結した。
【終わり】
って、そんなわけあるか!
意識を失ってからどれくらくの時間が経っていたのか?
俺が目を覚ますと……。
「うっさい! 私お兄ちゃんと約束してるんだから! あんたとしたこと全部するって!」
「え~~でも、それだと近親なんとかになっちゃうよ?」
「え? ……嘘! ま、まさか……あのお兄ちゃんが、あの奥手のヘタレお兄ちゃんが?!」
「あはん、凄かったよ~~やっぱり男の子だよねえ、あ、あの夜は男の子ってよりもケダモノに近かったかなあ」
「あんたが誘ったんでしょ! そうじゃなきゃあの兄ちゃんが、あの奥手でヘタレで鈍感でラノベ主人公脳のお兄ちゃんが、お兄ちゃんがあああああ」
目が覚めると俺は芝生で寝かされており、日陰になるようにパラソルが差されていた。
そして俺の横には妹と円がその日陰の中で言い争っている。
それにしても酷い言われようである。
そういえばと、俺は二人に気付かれないようにそっとキサラ先生を見ると、大爆笑しているのかと思いきやビーチベッドに寝転び何かをじっと見ていた。
キサラ先生が持っている物からワシャワシャと音がする。
耳を澄ますと、どうやら野球の放送を聞いている? ようだった。
「あああああ! お兄ちゃん!」
「やべ……」
俺が目を覚ました事に気が付いてしまった妹。
「ちょっと、もう暴力は」
円が慌てて妹を止める。
「……そうね、ここでは……まずいよね……じゃあお兄ちゃん帰るよ」
ここで殺しちゃまずい……って俺には聞こえた……。
「え……」
「帰ってからなら完全に家庭の問題よね? 先生?」
妹は俺の胸ぐらをつかみながらキサラ先生の方を向いてそう聞いた。
「え? あ、そうねえ、殺さない程度にね」
お、おい!
「ほら! 行くわよお兄ちゃん!」
「あ、いや、俺は今日皆に……あと練習が?!」
助けを求めるべく胸ぐらを捕まれた状態でキサラ先生にそう懇願する。
「あーー、このままだと今日は帰って来ないかもね~~」
先生はそう言うとニッコリ笑って俺に手を振る。
「いや、ちょっと」
「き、キサラ!」
俺と円がキサラ先生に向かって声を揃えてそう言うと、キサラ先生の表情が笑顔から真顔に変わる。
「新婚旅行気分の二人の謝られても相手を逆撫でするだけでしょ? とりあえず一旦落ち着いてから明日出直してきなさい」
「ちょ、……じゃあ、私も」
円はキサラ先生のその言葉に反論出来ず、目線を俺と妹に移す。
「結婚もしてないのに家族気分ですか? とりあえず今日は家族会議をするので遠慮してください」
「で、でも!」
「くんな⁉️ って言ってるのよ!」
プルプル震える手、いかりに満ちた表情、真っ赤な顔、そんな妹の目から涙が溢れる。
「……ま、円……ごめん……今日は帰るよ、妹とちゃんと話す」
俺は妹の手をゆっくりと掴み円に向かってそう言う。
すると妹の手の力が緩み俺の胸ぐらからゆっくりと離れた。
「……じゃあ行くよ」
妹はそう言うと立ち上がり俺を見下ろす。
妹から妖気のような、怒りのオーラが噴出している……ように見えた。
やはり俺は……今日限りの命なのかも知れない……。
それにしても……昨日迄の幸せは、あの幸福感はどこへ行ったのだろうか?
俺は円の顔を見て安心してくれと頷く。
円はすまなさそうな顔で俺を見て頷いた。
「……お兄ちゃん?」
「あ、ああ」
俺はまるで囚人のように妹に腕を引かれる。
妹の掴む手が、爪が俺の腕に食い込む。
日差しが照りつける中、俺は十字架を背負いゴルゴダの丘に連れて行かれるような気分になる。
そして気温が30度を越えているのに、俺の腕を引くその妹の手は手錠のように冷たかった。
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