第229話 スター誕生
一応こう見えて高校陸上界を背負う予定だった。
高校生初の9秒台、そこが俺の目標だった。
そしてそのまま世界に、ただ9秒に入っただけでは決勝までだろう。
そこが俺の限界だってわかっていた。
だから俺は、200mと走り幅跳びも視野に入れ、その全てで世界選手権の決勝に残るというのが最終的な目標だった。
一種目での記録では無理だけど、その三種目全て決勝進出出来れば快挙となる。
俺はこの学校に入学する時、面接でそう言った。
小学生新記録を持っていた俺の夢に学校側は乗ってくれ、俺の為に陸上競技場を改修した。
しかしその目論みは泡と消えた。
体育推薦は綺麗事ではない。
学校側は学校の知名度をあげるために必死なのだ。
妹と朝まで話し合い、少しの睡眠を取ると俺は寝ている妹を起こさずに学校にむかう。
昨日は何故か会えなかった部員達に今回の説明をしなければならない。
「そろそろ真面目に練習しないと……」
やれる事はやっている、でもこんな程度じゃ駄目だ。
次の大会まであまり時間がない、今の俺には積み重ねた物が無い。
只野さんの件は彼女の勘違い、しかしそう思わせたのは俺のせい。
素直に謝ろう、時間が経てば経つ程状況が悪くなっていく。
今日こそは!
そう思いつつ学校に到着すると……。
「な、なんだ?」
校内が騒々しい……昨日とはまるっきり逆だ。
校門の前に他校の生徒、主に女子。
校外にはカメラを持った人がウロウロしている。
俺は門番をしているよく知らない先生の前をゆっくりと通過、とりあえず制服で判断しているのか止められる事は無かった。
何かあったのか? 俺はとりあえずそそくさと陸上競技場に向かう。
すると……。
「何で私がそんな事をしなくちゃいけないんですか?!」
競技場に近寄ると遠くから良く通った美しくも大きな声が聞こえる。
間違いなく円の声だ。
舞台女優のようにハキハキとお腹から出される声量に思わず聞き惚れてしまう。
「いやいや違う」
そんな場合じゃない、円の大声なんて学校では聞いた事が無い。
俺は慌てて競技場内に入ると、その状況に唖然としてしまう。
競技場の中には複数のテントが貼られ、一目でマスコミ関係者とわかる人達が100人規模で何やら準備している。
そして円は部室の裏、そのマスコミの人達から隠れるように立っていた。
円の前には確か高等部教頭とスポーツ科の部長、そして確か野球部部長が囲むように立っていた。
その4人から少し離れた場所から円を伺うようにキサラ先生が立っている。
俺はマスコミの人達にバレないようにゆっくりと競技場内に入ると、俺に気付いたキサラ先生は手招きしてくる。
俺はなにやら話し合ってる円とテントで準備をしているマスコミの人達を見ながらゆっくりとキサラ先生に近付いた。
「ど、どうしたんですか? この人達は一体」
「あら、知らない?」
「え?」
「そっかそっか、昨日は天ちゃんとお楽しみか、妬けるわ~~」
「違います!」
「あらそう、よかった」
「いやいや、そんな場合じゃないですよね? なんなんですか一体」
「あーー、ちょっちねえ、陸上部とは関係無い所で色々あってね」
「関係無いなら何で?」
「まあ、ほらここって広くて設備も良くて、学校側の大変よねえ、ばえを気にするから」
「ばえって、見映えって事ですか?」
「そそ」
ケラケラと関係無いように笑うキサラ先生。
「まあ、ほら裏の駐車場からここを通って校内に入るじゃない? だからここが待機場所に設定されたって事、あーー、今日は日光浴出来ないねえ」
キサラ先生は指で胸元を開け水着をチラリと俺に見せる。
「いや、だから全然話が見えないんですが?」
あのマスコミの人達と、そして今も揉めている学校幹部と円とどう関係あるのか、俺にはさっぱりわからない。
「あーー、今日テレビも新聞も見てないんだ」
「見てません、早朝近くまで妹とずっとハナシアッテましたから」
「あははは」
「笑い事じゃ!」
「天ちゃんの件は後で、今は……これよ」
キサラ先生は笑顔から真剣にな顔に変え、唐突に俺に向かってスマホの画面を見せた。
「────な……」
そこには……東京大会優勝のデカイ文字と橋元が両手を高々と挙げている写真が載っていた。
その下には、ノーヒットノーランと決勝ホームランという文字が……。
「決勝戦で、ノーヒットノーランの4打数3安打、1ホームラン、2盗塁の怪物だって~~てか毎年毎年怪物が出てくるよねえ、甲子園はお化け屋敷か」
少し呆れ顔で先生はスマホを見ながらそう言った。
「は、橋元が……」
衝撃的だった。
あの橋元が……。
「それでこの騒ぎ、取材申し込みが殺到したってわけ」
「そ、そうですか……」
「あまりに凄い状況でね、取材人数を絞るって事になってねえ、そこで上がったのが円」
「え?」
「密着取材をしたいけど、記者やマスコミぞろぞろと連れ歩くのもね、そこで生徒であり元タレントの円が彼と野球部を取材するって、円は学校活動の一貫として、学校側も生徒ならっ問題ないって事でね」
「い、いやでも」
「円が辞める前の仕事が朝の情報番組だったでしょ? こういう事はお手の物だし、一応学業専念って言い訳も学校内の事ならいいんじゃないか? ってなってね、復帰を狙ってる事務所も彼女の母親もいいチャンスだってOKが出したらしいのよねえ、記者さん達も円ならって、まあ彼女の背後が強いってのもあるけど」
キサラ先生は円に聞こえるような声でそう言いながらじっと彼女を見つめる。
そしてその円は俺がいることに、更には今置かれている状況が俺にわかってしまった事で、戸惑いの表情で囲まれている隙間からこっちをチラリと見た。
その円の視線に、俺は思わず目を背けてしまった。
何も返す事が出来ないから……。
あまりのショックに……。
「ふふふ、今の心境は?」
そんな俺の表情に態度にキサラ先生は少し意地悪に大きな声でそう聞いてきた。
「──あははは、凄いっすね、あいつ」
残酷とも言えるその言葉を聞いて、俺は諦めるように、そして無気力にそう言って笑った……その場で崩れそうになるのをこらえへらへらと笑うしか無かった。
すると、円は大きな声で周囲をそして俺を見て言った。
「わかりました……取材の件、お受けします」
強い口調で周囲にそう……言った。
雲が日差しを隠し、競技場に影を落としていく。
俺の心のように……暗い影が周囲に広がって行った……。
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