3部1章 復活の時
第141話 Re:start
どこからこうなってしまったのだろうか。
走っていた時は、誰にも負けないと自信に満ち溢れていた筈だったのに。
怪我をして、リハビリをして、ようやく杖をつき歩ける様になった時も、僕は先を見据えていた。
また走るって、またトラックに戻ろうって、そう思い日々過ごしていた。
でも、いつまで経っても元に戻らない身体、1年が経ち思い通りに動かない自分の足に僕は段々と気力を無くして行く。
このまま埋もれていく、誰にも相手にされなくなる。そう思った僕はそこでリハビリを止めてしまった。
多分……弱気になった僕は逃げた、現実から逃げた。
そして引きずる足を皆に見せる事で同情を買おうとしたんだろう……。
始めは妹も夏樹も僕に同情し、僕を甘やかしてくれた。
特に夏樹は陸上を止めて迄、僕を傷つけまいとしてくれた。
でも、夏樹はわかったのだろう。
このままじゃ駄目だって事に、だから僕から少しだけ距離を置いた。
僕は自分のエゴの為に、そんなつまらない理由の為に、宝を、陸上界の宝を、世界に通用するハイジャンプの才能を、無くしてしまった。
でも僕はそんな事に気付きもせず、今度は妹に依存した。
家族という事を人質にして、僕は妹に甘えた。
でも、妹はいつか僕から離れて行ってしまう。
高校生なったら、彼氏とか作って僕から離れてしまう……。
そう思ったら恐ろしくなった。
学校で孤立している僕は、本当の意味で一人になってしまうと。
恐ろしかった、それがとてつもなく恐ろしく感じた。
誰からも見られなくなる、誰にも相手にされなくなる。そんな恐怖に怯えつつ、それでも僅かに残っていたプライドからなのか? 夏樹と離れたくなかったからか? 僕はそのまま高等部に進学した。
何度も他校への進学を教師から進言された。それを全て断り、追試追試でギリギリの進学。
「すう、すう……」
入学時点で僕のヒットポイントは0に近かった。
でも、そこで彼女と出会った。
円が僕の前に現れたのだ。
複雑だった。
会いたくなかったと言えば嘘になるだろう。
僕は彼女を助けたわけでは無い、だから感謝して欲しいなんてこれっぽっちも思っていないし、当然円だってそんな考えは無いって思っていた。 チックはもう少し僕に感謝しろ。
だから最初は偶然だってそう思った。彼女は学業に専念すると言って芸能界を去った、それでうちの学校に来た。うちの学校のレベルならその可能性も無くはないと思った。
でも……僕はそこからどんどんおかしくなって行った。
それを全て円のせいにしたのだ。
自殺までしようとして……円に見せ付けたのだ……お前のせいだって。
その挙げ句この体たらくだ。
「すう、すう、う、ううん……」
だから……僕は、僕は…………。
「──よく寝れるな……」
僕は現在……円の部屋の円のベッドで横になっている。
そして僕の隣には……その同じベッドの上には円が寝ている。
あれだけの事を言った円は僕の身を案じ落ち着くまで一緒にいると言い出した。
まあ、僕には北海道の時の前科があるので仕方が無い……のか?。
一緒に布団に入るなり、円は直ぐに眠りについてしまった。
僕は隣ですやすや眠る円の頬を軽くつついた。
「ううん……すう、すう」
完璧に寝ている……まるで屍の様だ……。
こうもあっさり寝てしまうなんて、やはり僕は子供扱いなのだろう……。
何もしないと思って安心して眠っている円。
まあ、その通り……何も出来ないんだけど……。
もう、円と布団から漂う甘い香りでお腹一杯の僕、そしてさっき散々言われて心は完全に萎えきっている。
あんな形でキスまでして貰って、その上寝ている隙になんて男が廃る。
そうでなくとも壁一面には小学生の頃の僕が、純粋に走っていた頃の純心な僕がこっちを見ている。
ある意味一番そういう事をしたく無い環境。
それにしても、まるで小説の先を知っているかの様な円の行動、恐らく今もまた円の手のひらの上なのであろう。
「寝よ……」
すやすやと眠る美しい円の顔から天井に視線を移す。
このままではいけない、『男子三日会わざれば刮目してこれを見よ』の如く円をそう思わせなくてはならない。
とはいえ、今の自分だけでは円の予想を期待を越える事は出来ない。
「でも……」
そうだ、このまま円の言いたい放題で終わらせるわけにはいかない。
こんなシチュエーションでスヤスヤと眠られる様では、いつまでも子供扱いでいるわけにはいかないのだ。
僕は……いや、俺はやらなきゃならない、自分の為に、円の為に、妹や夏樹の為に、皆にまた認められる為に……。
自分を奮い立たせ、そして目を閉じる。
まずは、リハビリそして一人でも学校の勉強についていける様にしなくては。
例え……それで円と離れる事になろうとも……。
疲れていたのか急激に眠気が襲ってくる。
そして、眠りに落ちるその瞬間……呟く様な声がどこからか聞こえてくる。
「…………いくじなし」
そう……聞こえた気がするが、既に眠りに落ちてしまった俺にそれが円から発せられた言葉なのか、俺が見た夢なのかを確かめる術は無かった。
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