第142話 対決


 チュンチュンと雀の囀ずりが聞こえる。

 これが俗に言う朝チュンって奴なのか? 絶対違う。


 俺は制服姿で微妙に不機嫌な円を連れ、一度家に帰る。


「お兄ちゃん! ど、どこに……ま、またあんたかあああああ!」


「おはよう~~」

 俺の隣でニコニコと妹に向かって手を振る円。


「ご、ごめん」

 とりあえずさっきまで不機嫌だっただろという突っ込みは置いておき、心配したであろう妹に無断外泊を謝罪する。


「私がどれだけ心配したと思ってるの!」


「ごめん」

 俺に怒りながらもチラチラと円を見る妹、スマホには妹からのメッセージと着信が数十件以上入っていた。


「まあ無事なら良いけど、それで……まさかお兄ちゃんこの女と……たんじゃ無いでしょうね?」


「え?」

 たん? 


「わ、私嫌だからね! こいつが義理の姉になるとか!」


「は? はああ?」


「あらあら、もうそんな事考えてるの? ああ、でもそっかあ、そうなったら天ちゃんが私の義妹いもうとかあ、あはあ」


 満面の笑みで妹に向かいそう言って茶化す円、一瞬空気読めやって思ったが、これは多分無断外泊で俺と妹の雰囲気が悪くなるのを防いでいるのだろう……多分?


「な、ま、まさか本当に? おおお、お兄ちゃんまさか」


「天ちゃん、ちゃんと可愛がるからね~~」


「うっさい! 私は今お兄ちゃんに聞いてるの?!」


「ご、ごめんよ、とりあえず遅刻するから、帰ったら話すよ」


「……ちょ、お兄ちゃん!」

 俺は天の横を通り抜け家の中に入った。

 あの二人を対峙させたまま部屋に行っていいのだろうか? そう思いつつ急ぎ部屋で制服に着替える。

 そして、出来うる限り最高のスピードで玄関に戻ると……。


「ぐ、ぐぐぐぐ」


「可愛い可愛い」

 何がどうなって、こうなったのか? 円は天にコブラツイストをかけながら、天の頭を撫でていた。


「……あの、なにを?」


「あら、お早いお着替えで……えっとね、天ちゃんがあまりに愛しくて可愛いから、ちょっと、いいこいいこしてた」

 いやどう見てもいじめている様にしか、まあ恐らく先に手を出したのは妹の方なんだろうけど……。


 とりあえず俺は二人に近付き、絡まった身体を慎重に解きほぐし、二人の距離を開け間に入って宥めた。


「おおお、覚えてろよ!」

 いや、それ完全に負けた奴のセリフってか負けてるんだけど。


「あははは」

 円は笑顔で返事をすると、俺の腕に自分の腕を絡める。


「じゃあ、行ってくるね~~天ちゃんまたね~~」


「へ? ちょっと、お兄ちゃん杖は!?」


「ああ、置いていく」


「え?」


「大丈夫よ私が支えるから」


「ええええ?」 

 俺は杖を置いて家を出て学校に向かった。

 今までずっと頼ってきた。妹や夏樹、そして杖に頼って歩いてきた。


 でも今日から頼るのを止める。

 円以外から。

 

 円に甘えない……それも俺の逃げだった。


 俺の身体がこうなった要因は勿論自分自身のせい。

 そしてその次は、彼女のせいなのだ。

 その彼女が俺に対して責任を取りたいと言ってきた。


 ならば素直にその好意を受け取ろう。

 遠慮は彼女にとっても不本意なのだから。


 だから俺はもう逃げない。

 自分の身体からも、そして円の好意からも。



 そして、逃げないと言う意味は、こうする事で試練がやってくる。

 それがわかっているからだ。


 まだ人が疎らばな教室に俺は円と腕を組んで入った。


「え?」

「は?」

「ええええ?」


 数人のクラスメイトが俺達を二度見し、そして悲鳴とも言える声を上げた。


「大丈夫?」


「大丈夫、ありがと」


「お礼はいいわよ」


「あ、うん」

 俺がそう言うと円は笑顔で頷きそして振り向きざまにまるで仮面を外す様に真顔に戻すと、いつもの話し掛けるなオーラ全開で自分の席に着く。


 某漫画の様に「ざわざわ」「ざわざわ」とざわめく教室。

 しかし遠巻きに見るだけで、誰も俺達に話しかけて来ない。


 最近ようやく俺へのヘイトが減って来たというのに、またしても元の木阿弥か……と少し残念な気持ちになる。


 そしてそんな雰囲気の中、橋元が朝練を終え教室に入ってくる。

 俺は橋元をじっと見つめた。

 橋元も俺を一瞬見ると、直ぐに目線を反らした。


 そう、俺はまず橋元と話をしなければならない……。

 円との事をあいつに言わなければならない。


 しかし、そう思うも橋元は休み時間になると一目散に教室から出ていってしまう。

 奴と中々話すタイミングが無い。


 そして更には……。


「トイレは?」


「あ、うん、行っとかないと」


「じゃあ、はい」

 休み時間の度に円は俺の元にやってくる。

 そして俺の腕を持ち俺を介助する。


 その度にざわめく教室、そして廊下ですれ違う他のクラスの人々が驚きの表情で俺達を凝視する。


 あの白浜円と腕を組み学校を闊歩するとはこういう事なのかと、俺は改めて思った。


 勿論優越感なんて一切皆無だ。


 あるのは羞恥心と、そして円から逃げない、円の思いを受け止めるという俺の気持ちだけ。


「大丈夫、ちゃんと壁を伝って歩いてね」


「大丈夫大丈夫」

 さすがにトイレの中には入れない円、俺は円を外に待たせ、慎重にトイレの中に入るとそこには……。


「……よお」


「……橋元」

 最悪な場所、そして最悪なタイミングで……橋元と会ってしまった。



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