第140話 円の部屋
「こんな貴方にしたのは私のせい、こんな考えになってしまったのも全部わたしのせいだから……」
円は僕の頭を抱いたまま、ポンポンと背中を2度叩く。
「大丈夫、大丈夫だから……ね」
母親の様に僕を慰める円、僕は怒られて泣く子供……。
そう……僕は子供なんだ……子供だった。
一人では生きていけない幼子、そんな僕に円は母親の様に叱責しているだけ。
「私に裏切られたって思ったのね、だから袴田さんの所に行こうって思ったのね」
「うん……ごめん、ごめんなさい」
「ううん、良いの……仕方ないよね、不安なのよね、大丈夫、大丈夫だから……そうね、まずはその不安を解かないとね」
そう言って円は僕の頭を抱いたまま、囁く様に話し始めた。
「橋元君の従兄さんがプロ野球選手なの、その人去年外野の守備の時、選手同士でぶつかって大怪我をしたの、膝に大きな怪我を負って大きな手術をしたって、その足の状態が翔君に似た状態って聞いてね、会わせて貰ったの。今日は橋元君と従兄さんと食事をしただけ、ほら私って一応元有名人でしょ? 野球選手との密会なんて良いネタになっちゃうから、あのホテルって彼の所属チームの関連ホテルだからその辺しっかりしてるからね」
「そう……なんだ」
「嘘ついてごめんね、隠し事してごめんね、でも、まだ途中なの……全部準備が終わってから話そうって……だから黙ってた」
「途中?」
「そう……この間約束したよね」
「約束?」
「なんでも一つ言う事を聞くって」
「あ、うん」
「……全部整ったら、検査をして、そして手術を受けてほしい」
「え?」
僕はゆっくりと円を見上げた。
円はわしゃわしゃと僕の髪をかきあげながら、いたずらっ子がいたずらを成功させた様に笑う。
「私はその為にずっと動いていた、この間1週間いなかったのは、アメリカに行ってきたから……スポーツ医療のスペシャリストが多いって聞いたから、でも会えなかったんだよねえ、あははは、私の力も他の国では通用しなかった」
「それで一週間いなかったんだ」
「うん……」
円の話を聞くがまだ僕のモヤモヤは消えていない。
橋元は告白したのではないか?
そして、袴田姉妹の方を選ぼうとした僕を円は本当に許してくれているのか?
いや、そうじゃない……こんな僕を、情けない僕を円はどう思っているのか。
僕と円の未来は……。
もし、手術をして足が治ったとしても、僕は元の様に走れるわけじゃ無い。
そして、そうなった時、円は……。
僕に同情してた皆は……。
怖い……怖いよ……一人になるのは。
「……ちょっと行こうか」
僕の気持ちを察したように、円は立ち上がると僕の手を取った。
「ど、どこへ?」
「私の部屋に招待するわ」
「え?」
「来て」
円は恥ずかしそうに微笑むと僕の手を引きリビングを出る。
そしてポケットから電子キーを取り出すと、円の部屋の扉に近付けた。
『ピーー』
扉から音が聞こえると円はその場で深呼吸する。
そして僕を見て言った。
「驚かないでね」
以前に一度だけ入ったが暗くて何も見えなかった。
壁に何かが貼られていた様な……それが一体なんなのか、ずっと気になっていた。
円は扉を明け僕を先に入らせる。
そして直ぐに扉を閉めた。
「えっと……」
「今、明かりを付けるから……」
さっき迄の自信溢れる声から一転、円の躊躇いの声……この部屋には一体何があると言うのか?
そして、それが今の状況と関係があるのか?
そんな思いの中、唐突に部屋の明かりが付く。
「…………え? えええええええ?!」
円の部屋には、僕がいた。
部屋中の壁に僕の写真が貼られていた。
走っていた頃の僕が、そこにいた。
「これって、どういう……」
あれは小4の時、こっちは小5の時、日本一になった時のテープを切った瞬間、雑誌の取材の切り抜き、中学の時の記録会の写真、僕のありとあらゆる陸上時代の写真が貼られていた。
「あ、あのね、引かないで……」
「いや、えっと……」
「あああああ、引いてる……だから嫌だったのにいいいい」
いや……だって、高校生の部屋に、小学生の写真が、しかもユニフォーム姿の写真が壁一杯に貼られているのだ。
短パンランニング姿の小学生の僕……懐かしい僕の姿が。
「えっと……これって……ショ」
「違う! 違うから!」
「じゃ、じゃあ、これって」
「ファ、ファンなの……ファンになっちゃったの……好きに……なっちゃったんだもん、うえええええええええん」
円はさっきとは違う、まるで漫画の様な泣き方でその場にうずくまった。
「は? ふぁ、ファン? 僕の?」
「そうよ! ずっと貴方の事気になってた、ずっと調べてた、知り合いから動画を貰ったり写真を集めてたら、好きになっちゃったんだもん!」
「……こわ」
「こわって言うなーー!」
「ご、ごめん、でも、なんで?」
「……綺麗だったの、美しいって思ったの、貴方の走りが……そして調べて行く内に、知ったの。その走りの美しさは貴方の努力と頑張りで作られた物だって」
へたりこんだ円は僕を見上げ不安そうな顔でそう言う。
「努力と頑張り」
僕はゆっくりと座り円と視線を合わせる。
「責任を取るって言ったのは……貴方の為だけじゃないの……自分の為に、自分の大事な物……大切な物を取り戻す為に言ったの」
「自分の為に……」
「そう……」
「でも……僕はもう元には戻れない」
「そうね、それは私も言われてる。でも違う……足を元通りにしたいわけじゃない、貴方を陸上に復活させたいわけじゃない、私の目的はそこじゃない、貴方の魅力はそんな事じゃない」
円は座ったまま、僕の写真の前で両手を広げた。
「貴方の魅力はね、一生懸命な所、貫き通す意志、日本一にまでなった努力、この光輝く笑顔、それが貴方の魅力なの! 私はそれを取り戻す為に貴方に会いに来た」
「光輝く……」
「そう!」
「でも……」
「わかってるよ、今の自分に自信が持てないって、だから先ずは治せる所まで治そう、貴方の身体と心を」
「身体と心」
「そう、大丈夫、私が付いてる!」
円はそう言うも、僕の不安はいまだに拭えない。
だって無いのだから、確かな物が何も……。
「もう!」
円は情けない表情をしている僕の顔を両手で掴む。
そして僕を鋭く睨み付け……そのまま自分の顔を近づけると……。
僕の唇に自分の唇を重ねた。
円の柔らかい唇の感触と、とてつもなく良い匂いが僕の脳に刻まれる。
まるで魔法にかかった様に、さっき迄のモヤモヤが嘘の様に晴れて行く。
僕のファーストキスが、まさかあの白浜円となんて……。
円も慣れていないのか、それともこれが普通なのか? グイグイと痛い位に唇を押し付けて来る。
経験の無い僕もさすがにこのやり方は違うんじゃないか? と感じ始めた頃、おもむろに唇が離れた。
「ぷはあ」
ビールを飲んだおっさんの様に色気もなくそう息を吐く円……。
僕はあまりの事で現実感が無く逆に落ち着いてしまう。
「ぷはあって」
「だ、だって息出来なかったんだもん!」
「鼻でするんじゃないの?」
「初めてなんだから知らないよ! てか、翔君は落ち着いてるけど……ま、まさか経験あるの!」
「いや、無いけど……」
人工呼吸なら……?
「じゃ、じゃあ、なんでそんなに落ち着いてるのよ! これでも元アイドルなんだけど!」
「あーーうん、そうだねえーー」
「何よ! もう!」
僕の気の無い返事に……勿論精一杯の強がりだけど、頬を一杯に膨らます円……。
「でも、少しは自信持てた?」
満面の笑みでそう言う円を見て僕は思った。
可愛いなって、本当に可愛いなって心の底から単純にそう思った。
「えっと……もう一回してもらったら?」
「調子に乗るな!」
円は僕の頭を軽く叩くと、今度は顔だけ近付け、軽く、ほんの少しだけ僕の唇に自分の唇を触れさせると、恥ずかしそうに笑う。
その笑顔を見て、僕の中で炎が燃え始める。
走っていた頃に比べれば、まだまだ小さな炎だけど……確かに燃え始めている。
僕はずっと夏樹に追い付きたい、勝ちたいって思っていた。
そして今は、自分に、この写真の頃の自分に勝ちたいって思い始める。
円を自分から、この自分から取り戻す為に。
【あとがき】
-終-
多分商業作家だったら、出版してたらここで終わるんだろうな~~終わらせろって言われるんだろうなーーと思います。
が、残念ながら自分はアマチュアなので、全部自分で決められる(笑)
物語を作っている人には美学という物があると思います。
終わりの美学、物語を完結させる力等と、よく言われていますが、自分にそんな物はありません(笑)
だって、それは完結ではなく、区切りでしょ? 人気が爆発したら続き書くでしょ?(ФωФ)グヘヘ
区切りならば、終わりは読者様に委ねます。
ここで終わったら美しいのにって思うならばブクマを外して下さい。
出来れば評価を付けてね(´・ω・`)マジデ……
円と翔君のイチャイチャ、袴田姉妹の逆襲、橋元と円の関係は? 夏樹と翔は? 妹は? キサラ先生は? 円の母親は?
書きたいネタはいくらでもあるので、終マークは付けません。
お付き合いしてくれる方がいらっしゃるなら、とことん書きますので、宜しくお願い致します。
でも減ったらやる気無くします( ´-`)
とはいえ、諦めたわけでは無いので夢を追いかける為に、新作も書くし、この先長く休むかもです。
とりあえず今日、明日は箱根を見るので(笑)
それでは、ここまで読んで頂きありがとうございます。
忌憚の無い感想、批判も甘んじてお受けしておりますが、出来れば手加減してねヾ(;゜;Д;゜;)ノ゛
ブクマ、評価も宜しくお願い致します。
現在カクヨムコンに投稿しておりますので応援宜しくです。(*゜ー゜)ゞ⌒☆
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