第139話 断罪


「な、情けないって!」

 円の涙に圧倒され暫く黙っていたが、段々と冷静になりそして段々と怒りが込み上げてくる。


「情けないのは円の方だ、僕に嘘をついて、隠れてこそこそと橋元に会ったりして! 今日僕は見たんだ、円が橋元とホテルに入って行くのを!」

 

「……そうか……焼きもちか」


「ち、違う!」

 円はボソッと冗談めいた事を言うと涙を拭い一度深呼吸をした。

 そして下を向き何かを呟いてから、顔をあげる。

 その真剣な顔に僕は思わず息を飲んだ。まるでこれから死地に赴く様な顔で僕を見つめる。


「今から私は貴方に酷い事を言う、だから先に謝っておくね……ごめんね……でもそれは私のせいだから……全部私の……せいだから」


「酷い事……」

 もう既に情けない人だって言われているのに……それ以上って事なのか? でもこうなったら聞こう……それが今日の目的だから……そう思い僕は覚悟を決めた。


 

 円は僕を真っ直ぐに見て訥々と語り始めた。



「貴方の事を一番知っているのは妹さん、だから私は憎まれているのにも関わらず妹さんに接触した……まあ、思っていた以上に憎まれてて、話を聞ける状態じゃ無かったんだけどね。だから仕方なくキサラに連絡を取ったの、でもそのお陰で色々と話を聞ける様になったわ、そして夏樹さんにも、会長とも貴方の話を聞いた。最近は橋元君ね」


「橋元……」


「彼にはちょっと紹介して貰いたい人がいたの……それは一先ずおいておいて……、他には芸能界の時のコネや母の弁護士を使って事故の相手やあの時の現場検証の資料、そして貴方が入院した病院と担当医にも話を聞いてきた」


「え?!」


「そこで知ったわ……翔君の足は完全には壊れていないって」


「そ、そんな事……」


「うん、でもわかってる、元に戻る事は無いって、ちなみにこの間ここに来て貰ったマキちゃん、彼女の家は大きな病院を経営しているわ、沖縄旅行での別荘も彼女の家、そしてキサラは医学部だしね……ちなみにマキちゃんが沖縄に来なかったのはキサラとはずっと気まずい関係になっているからでね、理由はキサラが医学部を辞めたから、マキちゃんはキサラと付き合っている事を両親にカミングアウトする材料の一つとして、キサラが医者になる事を待っていたの……でもキサラは医学部を辞めて教育学部に入り直した……」


「ええええ?」


「困ったものね、まあ元国立医学部の教師なんて、喉から手が出る程欲しい逸材だからね」


「……」


「ごめん、話が逸れたね……それで私は彼女達からも、マキちゃんのお父様達からもじっくりと話を聞いたわ。でも、貴方だってそれはわかっていた筈、リハビリすれば杖を持たなくても歩ける様になるって……」

 円は僕をじっと見たままソファーに座った。

 そして目線で僕にも座れと要求する。


「そ、それは……勉強が忙しくて……リハビリは辛いし」

 僕は立ち尽くしたまま円にそう言った。それが言い訳だってわかっているが、言わずにはいられなかった。


「それは言い訳ね、ううん違う……普通に歩ける様になったら困るものね」


「困る……」


「そうよ、走れなくなって、胸を張れる物がなくなった貴方は、周囲から同情して貰いたい為に、リハビリをする事を拒んだ……そして先ずは妹さんと、そして夏樹さんに同情して貰う事を選んだ……私を悪者にしてね」


「そ……」

 そんな事を考えた事は無い、全部円の空想だ。

 でも、僕はそう言えなかった……。声が出なかった。


「反論したいけど、どう反論していいかわからないって所かな?」

 まるで心を読んでいるかのように僕の表情から察する円に思わず身体が震えた。


「そ、それは……」


「まだまだよ、とりあえず座って」

 円は優しく、あくまでも優しくそう言う。でも、その言葉は刃物の様に鋭く僕を刻んで行く。

 僕はフラフラと歩くとソファーにへたりこんだ。

 

「ごめんね……でもいつかは、話さなければ行けないって思っていたの……」


「……大丈夫」

 精一杯の強がりを言う。


「じゃあ、続けるよ……夏樹さんは幼なじみ、そして物凄い運動能力の持ち主だった……貴方はずっと彼女を追いかけ続けていた。そしてようやく誇れる物が出来た、彼女に追い付けた。そう思った矢先事故に遭った。それが貴方を苦しめる事になるきっかけ……そして夏樹さんもそれがわかったから、陸上を辞めてバスケに転向した……そして貴方から少し距離を置いた。でもそのせいで貴方は不安になる。そして肉親である妹さんに依存した……でも貴方は思った、いつか妹さんは居なくなるかも知れないって、現に今は違う学校に通っている……そしてその不安な最中さなか私が目の前に現れた」


「……」


「そしてあの日、私との事が妹さんにバレ貴方は絶望した……様に見せかけた」


「……」


「私に依存する為に、私を試したの……私は妹さん以上に信頼出来るのか? って、そう思った。そして私の一緒に死んであげるって言葉で貴方は決めた。私が妹さんよりも依存出来る、信用に足る人物だと……」


「そして、皆の前で自分の情けない姿を見せた。でもあれは……私に見せつけたのよね、こうなったのはお前のせいだ、だから自分を裏切るなって」


 円に言われて僕は気が付いた……自分がどれだけ情けないかって事に。

 ポロポロと涙が溢れだす。情けない情けない情けない、僕はどうしてこんなにも情けない人間になってしまったのか……。


 その時円が僕の横に座る……と、僕の頭を両腕で優しく包んだ

 でも、その円の柔らかい感触が痛く感じる。円の優しさが辛く感じる。


「ごめんね、全部私のせいだから……でも心を鬼にして最後まで言うわ、貴方の為に……これからの為に……」

 もう止めて欲しい、正直そう思った。

 でも、僕は逃げたく無かった……ここで逃げたら……本当に終わってしまう……そう思ったから。

 僕は最後の気力を振り絞り、円にしがみついた。


 そして、恐らくぐちゃぐちゃなっているであろう顔で僕は円をしっかりと見つめた。




【あとがき】

 このタイミングでカクヨムコンに登録(笑)。

 ブクマ、評価を宜しくお願いいたします。

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