第138話 破滅の言葉
合鍵を使いいつものように円のマンションに入る。
部屋には誰もいない。
いや、多分一匹はいる……いつもの様に自分の部屋でぬくぬくとしている筈。
夜になって冷えてきたので僕はエアコンだけ付けて電気もつけずにそのままリビングのソファーに座った。
もうこの家の事は殆んどわかっている。
スイッチの位置もエアコンの操作も全て……。
入れないのは円の部屋だけ、円はそこだけは頑なに拒んでいる。
当然今も鍵が掛かっていて入れない。
要するに僕は円から完全には信用されてはいないという事。
そして、それが決定的だった。
円はあくまでも責任を取る為に一緒にいるに過ぎない。
そして、円には気になる人が現れた……。
僕さえいなければとっくに付き合っているのかもしれない……いや、もう……既に……もし、そうだとするなら今日は帰って来ないかも知れない。
僕は妹にメールを送った。
今日は帰れないと……。
そして、スマホの電源を落とす。
妹からの返信も円のメッセージも見たく無いから。
朝までここにいる……そうすれば何もかもはっきりする。
僕はソファーに深く腰掛け、背中を背もたれに押し付け天井を見上げる。
初めて会った時僕は天使に出会ったのかと思った。
あんなに可愛い人は今まで見た事が無かったから。
今は、可愛らしさに美人という要素が加わっている。
子供と大人の中間、円はそんな美しさだ。
どっちにしても僕には手が届かない人……もう今となっては。
天井から自分の足に視線を移す。
まだ、あの時は可能性があったかもしれない……日本一にそして世界一になれば……。
僕はそんな夢を抱いていた。
勿論日本人で体格に恵まれていない僕に世界一は無理かもしれない。
でも、それでも……追いかけ続ければ……。
「畜生……」
悔しさが込み上げてくる。悲しさで身体が震える。
もし、今……円が欲しいと言えば……手に入るかも知れない。
円はそういう人だ。
でもそれは、僕の欲しい物では無い。
そんな物は……要らない。
僕は僕を離さないでいてくれる人が欲しいのだ。
僕を必要としてくれる人が……そして円は僕を必要としていない。
僕がそうなるまで待っててもくれない。
それが今日の証拠だ。
だから僕は……決めた……いや、これから決めるのだ。
そう思ったその時『ガチャリ』と扉の開く音がした。
「あーー、来てたんだ~~、何で電気付けないの?」
明るい円の声……嬉しい事でも合ったかのような声に、僕は怒りが込み上げてくる。
円は部屋の灯りを付け、僕の前に座り上着を脱いだ。
「えっと……あれ? なんか怖い顔してるけど……」
僕を見て円はそう言った。
「円……今日何してた?」
何も要らない、駆け引きも無い、僕は単刀直入にそう聞いた。
「え? あーーちょっと知り合いに会ってたけど?」
そして円は少し困った顔で僕にそう言った。
終わった……僕と円の関係が崩壊した。
円は嘘をついた……橋元の事を隠した。
僕はポケットに入れていた合鍵をそっとテーブルに置く。
「さよなら……」
それだけ言うと、僕は席を立つ。
「え? ちょ、ちょっとどういう事?」
慌てているがもう遅い、僕達は、この関係は終わったのだ。
だから言った、最後の言葉を破滅の言葉を
「僕は僕を必要としてくれる人の所に、会長の所に行くよ……だから円はもう僕の事なんて気にしないで橋元と付き合えばいいよ」
破滅の言葉、これで僕と円の関係は終わる。
「会長? ああ、袴田さんか、袴田自動車の姉妹ね」
「袴田自動車?」
袴田自動車って、あのHAKAMADA? そうか……だからあの凄い豪邸だったのか……。
でも今そんな事はどうでもいいと僕はそのまま部屋を出ようとした。
「ふーーん知らないんだ……そうか……でも、彼女の事もだから遂に手札を切って来たか」
「え? 手札?」
僕は思わず振り返る。
「翔君の思い詰めた表情を見るのは久しぶりだなあ、あはは、可愛いよ」
僕を見つめて笑顔でそういう円、何でこんなに余裕なんだ? 今、僕は彼女と決別する事を宣言したっていうのに。
「──翔君、私はね、誰よりも貴方の事を知ってるの、貴方自身よりもね」
「僕自身よりも?」
「そうよ……私は責任を取るって言ったでしょ、そんな貴方にしてしまった責任をね」
「そんな僕にって……」
何を言ってるのか、僕には彼女が何を言っているのか全くわからないでいた……。
「……こんなにも情けない人になってしまった貴方の責任は私が取るの……だから貴方は誰にも渡さないよ」
円はそう言ってポロポロと泣き始めた……あの北海道の時よりも激しく……。
【あとがき】
あけおめ、ことよろ~
新年早々暗いネタで始まりました。
そして起承転結の転、全てがここからひっくり返ります(*゜ー゜)ゞ⌒☆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます