第131話 付き合ってはいない


「……は?」

 鬼の形相で僕を睨み付ける橋元、いやそれはピッチャーに対してやってくれ、それだけで打率が上がるよ……多分。


 ちなみにまだ走っていた時、大会のコールやスタート前に時折こうやって威嚇してくる輩が結構いた。

 意味も無く睨み付けてくる奴、僕のタイムより早いタイムを出したとか、ブラフを仕掛けて来たりする奴。

 それどころか、わざとぶつかって来る奴、わざとスパイクで足を踏みに来る奴等色々やられたりした。


 ただ不思議と全国クラスでそんな事をする奴は少なかった。


 負け犬の遠吠え、僕はそう思った。そこに力をいれるならもっと練習しろって僕は思う。


 なのでまあ、いくら橋元が大きな身体で威嚇して来た所で、僕はなんとも思わない。


「だ、だから! お前ら付き合ってるのかって聞いたんだ」

 橋元は少し食い気味にそう言う。おいおい……中等部時代、いつも告白される度に俺は野球一筋だからと断っていたのは誰だよ……。

 そんな事で……いや、それは僕が負け犬の遠吠えをしてる事になる。


「いや、付き合ってはいない」

 僕は正直にそう答える。


「……ほ、本当か?!」


「うん」


「そっか……じゃあ、なんで試合に二人揃って来てたんだ?」


「えっと……まあ付き合ってはいないけど……」

 やはりバレていた。まああれだけ大きな声で声援すれば仕方ないか。

 だが、そこで僕は言葉に詰まってしまう。

 じゃあ、なんなんだ? 僕と円の関係って……。

 友達? と言うにはあまりにも深く関わり過ぎている。かといって恋人なわけじゃない。でも確実に付き合っていないと言える。周りじゃダラダラと付き合う奴が多いみたいだけど、もし付き合うなら僕はキチンと告白して付き合いたいと思ってるから。

 

 しかし橋元には何て言えば良いのだろうか、円とは同情されて一緒にいる……事故の責任を取って一緒にいる。


 なんて言える筈も無い。


「どうなんだよ!」


 なんとか追及を交わそうとするも橋元はそれを許してくれない。


「な、なんでそんな事聞くんだ?」

 僕は仕方なく質問を質問で答えるという狡い方法を取った。


「……あいつは、白浜さんは……俺の女神なんだ」


「……は?」


「白浜さんが応援してくれた時、俺の中で何かが弾けたんだ……絶対に打てないと思ってたのに……あの声援を聞いて、力がみなぎった、絶対に打てるって……そう思ったんだ」

 橋元は自分の手を見つめ、何か宗教じみた事を言い始める。

 お前は円教の信者か?


「あははははは」

 そんな橋元の態度を見て、そんな橋元の言葉を聞いて、僕は思わず笑ってしまう。


「な、何がおかしい!」


「だ、だって、そんな事で実力以上の力が発揮出来るなら、誰も苦労しない」

 応援だけで結果が出るなら練習なんてしなくていいって事だ。

 コンマ1秒削るのにどれだけの苦労をしているって思ってるんだ? 応援で削れるならあんなに練習なんてしなかった。

 

「そ、そんな事無いだろ?!」


「あるよ」


「応援されて本領発揮するって、良く言うだろ?」


「実力以上の力は出ない、応援で出るならそれが実力、応援されないと出ないならそれはただの練習不足だよ」


「せ、精神的な物だって」


「それを含めての実力だ」

 彼にはずっと感謝している。だからこそ僕は遠慮せずに思っている事を言った。

 

「……と、とにかくじゃあ、お前らは付き合っていないんだな?」


「う、うん」


「そうか、それが聞きたかったんだ……悪かったな」

 少し不機嫌そうにそう言うと、僕を暫くじっと睨む。そして少しの間の後……橋元はいつもの優しげな顔に戻った。


「もういい?」


「あ、ああ悪い、少し感情的なった」


「いいよ、僕も少し言い過ぎた」


「じゃ、じゃあ俺いかないと」


「うん」

 橋元はスパイクの音を鳴らし、まるで熊の様に茂みを歩いて行く。

 そして少し離れると振り返り僕に向かって言った。


「いいんだな?」


「……」

 僕は何も言わなかった。それが何がとも聞かなかった。

 でもそれが何を意味するかは直ぐにわかった。


 橋元は僕が何も答えない事を知っているかの様に直ぐに踵を返し、グランドの入り口方向に向かって歩いて行く。


「自信がある奴は……いいいな」

 誇れる物を持つ事の羨ましさ。

 今の僕に誇れる物なんて何も無い。

 円に妹に世話になりっぱなしな僕にそんな物は無い。


 だからあり得無いんだ。


 僕が円と付き合うなんて事……。



 どんなに好きでも……そうなる可能性は無い。


 今の所……は。


 橋元を見送ると僕も踵を返した。

 また今日も円の家で勉強だ。


 誇れる物を、いつか円に誇れる物を、自分を、自信を取り戻す為に……。




 そして翌日の放課後、いつも直ぐに部活へと走っていく橋元だが、今日は違っていた。

 橋元は席を立つと一度僕を見る、そして何も言わずにそのまま円へと一直線に歩む。

 円が無視して終わりだろう、僕はそうたかをくくっていた。


 橋元は円に小声で何かを話しかける。

 すると円は橋元の顔をじっと見つめ……頷いた。

 

 そしてそのまま二人で教室から出て行く。


「えええ?」

 円がクラスの人間に反応したのを初めて見た。

 僕は慌てて追いかけようかと思ったが、この足で追い付けるわけがないと直ぐに諦める。


 周囲は二人のその様子に気が付いていない。何故なら他に注目しているからだ。


「ねえねえ、翔君、いつから始める? もう皆集まっているんだけど!」

 昨日僕に声を掛けて来た菊地さん(一応調べた)が僕に話しかけて来る。

 教室の外には、沢山の女子が僕の話を聞きに集まっていた。


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