第130話 仕込んでいた練習メニュー


 陸上部の合宿最終日、僕はある仕掛けをしていた。

 そしてそれがこんな事になろうとは、思いもし無かった。



「あ、あの……宮園君……私って、どうかな?」


「どう……って?」

 なんだこれは? これってもしかして……人生初告白?

 いや、走ってた頃ファンレターとか貰った事はあるよ、でもやっぱり小学生だったから、こうやって面と向かって告白ってのは初めての経験だ。


 僕はドキドキしながら彼女の言葉を待った。


「そ、その……太ってるよね?」


「…………はい?」

 あれ、なんか違うぞ……。


「私って……太ってると思うんだ」


「そ、そう?」

 いや、お世辞抜きにして特にそうは感じない……高1にしては胸が大きいくらいだと……勿論陸上部、運動部員と比べればぽっちゃり感は拭えないけど。

 

 ってか何これ? 告白じゃ無いの? ある意味告白かも知れないが、思っていたのと違っていた。


「絶対太ってるよ!」


「えっと…………で?」

 イエスともノーとも言えない彼女の告白、僕は続きを促した。


「あ、あのね、あのね……メッセージで回って来たんだけど……その宮園君がコーチとして陸上部に参加したって本当?」


「え? ああ、うん、臨時でね」


「やっぱりそうなんだ!」

 彼女は顔を上げると、まるで憧れのアイドルにでも合った様な表情で僕を見つめる。


「いや、えっとは話が見えないんだけど」

 ここから告白するのか? いや、多分そういうのとは違うのだろう……僕は彼女の目的を問いただす。


「あ、あのね……その……私にもメニュー表を作ってくれないかなと」


「え?」


「だ、ダイエットの……メニュー表を作って下さい!」

 目の前の彼女はまるで付き合って下さいと言っているかのように、僕に向かって深々と頭を下げて手を出した。


「いやいやいやいや」


「お願い!」


「そんな事言われても……」


「私頑張るから!」

 頭を上げ懇願するように僕を見つめる彼女……。

 そんな事を言われても……そもそもダイエットは頑張っちゃいけない物だし……。


「うーーん、ああいうのって直ぐに作れる物じゃないんだ……じゃあとりあえず明日の放課後教室に残っててくれない? 説明するから、今日は橋元と約束してるんだ」

 

「そっか、そうだよね! うんわかった明日だね待ってる!」

 彼女はニッコリと笑って僕にお辞儀をすると嬉しそうに走り去って行った。

 とりあえず……彼女の名前を調べておかないと……僕はそう思いながらゆっくりと教室に戻った。



 陸上部合宿最終日、個人個人に練習メニューを渡していた。

 そこにはある仕掛けをしておいた。


 体型補正という仕掛けだ。

 僕が種目別と各個人に渡した夏休み中の練習メニューと、食事をきっちりこなすと、体型が良くなる。 そんな風に練習メニューを作成した。

 

 以前にも言ったがタイムは急には伸びない……でも体型は数週間で変化する。

 ダイエットも兼ねた練習プログラムを作成したのだ。

 

 基礎トレーニング、ランニング、筋トレ、食事のメニューを個人によって微調整してある。


 陸上部の全員がストイックにタイムと向き合っているわけじゃない。

 中には健康の為に、痩せたいから入部している者だっている。


 皆年頃の女の子達、体型を気にしている者は少なくない。

 だから僕はトレーニングの中にそういう要素を組み込んだ。


 恐らく初めは疑心暗鬼だっただろう、でも効果は確実に出る。そしてそれを聞いた周囲が自分もとメニューをこなす。

 

 僕の思惑通り、作戦通りに相乗効果として陸上部全体に広がって行った。

 

 そう会長や灯ちゃんからメッセージが届いていた。


 そしてそれが……クラスの女子に、いや、学校全体に広がって行った。


「今朝からの視線はこれだったのか……」

 自分の蒔いた種とはいえ、まためんどくさい事になったもんだとつくづく思う。

 それにしてもうちの学校はネットリテラシーが高いんじゃ無かったのか? 僕の作ったメニューの一部を陸上部以外に漏らすなんて……。


 後で会長に注意しておこう……。



 そして放課後、とりあえず円には簡単に事情を説明して今日は遅れる事を伝える。


 僕は約束通り橋元の所に向かった。


 一体なんの用なのか?


 まためんどくさい事じゃなければと、僕はそう願いながら以前に橋元とよく話をしていた球場が一望出来る外野のフェンス裏にやって来ると、既にユニフォームに着替えていた橋元が待ち受けていた。


 橋元は少し難しそうな、不安そうな顔で僕を見つける。


「よお」


「あ、うん」

 僕が校内で嫌われ者だった頃からずっと変わらずに接してくれていた橋元。

 彼のお陰で僕は学校を辞めずにここまでやってこれたと言っても過言では無かった。


「わざわざすまん、ちょっと人には聞かれたくないんだ」


「うん」


「えっととりあえず、本題の前に話しておく事が一つ、今回の成績で学校側が本格的に力を入れる事になったんだ。監督もコーチも一新される……今度来る監督とも会った。そこでうちの弱点を指摘されたんだ」


「弱点?」


「ああ、お前ならわかるだろ?」


「まあこないだ見た限りだと、基本的な体力と、走力……」


「ああ……やっぱりわかるよな……」


「まあ……」


「3年生が引退して、少しは俺の意見も通る様になってきた……もしかしたら近いうち、お前に頼る時が来るかも知れない……だからその時は……頼めるか?」


「……うん、僕で力になれるなら……、それで……本題ってのは?」


「ああ、うん……えっと、な」

 橋元は今までの自信満々な態度から一変、大きな身体を縮まらせ、モジモジとしながらうつ向いた。


 同じ高校1年とは思えない体型、態度、貫禄、しかし今、目の前にいる橋元はその態度は、まるで小学生の様に見える。デカイ小学生だけど……。


 彼は一体僕に何を話そうとしているのか? ま、まさか……今度こそ告白?!


 そんな趣味はこれっぽっちの無い僕は、逃げ出す準備を整え昼とは違う意味でドキドキしながら待っていると、橋元は決心したのか? 真っ赤な顔で僕に向かって言った。



「お、お前さ……その…………白浜と……白浜円と、付き合ってるのか?!!」

 橋元のその顔はエースでも4番でも次期主将でもなく、恋するただの高校1年男子の顔をしていた。

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