第129話 夏休み明け


 ドキドキドキドキ……。

 僕の鼓動が激しくなる。


 夏休み明け早々目の前では……睨み合う円と妹の姿。

 この二人は顔を合わせる度にぶつかり合う……多分前世はお相撲さんだったのだろうか?

 しこ名は、『北円』と『天海』って事にしておこう。



「お兄ちゃんの荷物は私が運ぶのでご心配なく」


「あら、でも途中迄でしょ? だったら、もうここから私が持って行った方が良いんじゃない?」


「今日は学校迄行くからご心配なく」


「でも結局教室迄持っていく事は出来ないでしょ?」


「くっ、きょ、教室迄持っていけば」


「当校は関係者以外は立ち入り禁止ですよ」


「か、関係者だもん! 兄妹だもん!」


「でも、許可申請とか面倒よ」


「そ、それくらい」


「それにほら、受験前にそんな目立つ行動はあまりしない方が良いんじゃない? 面接官の心証って結構重要よ?」


「くっ……、お、おにいいちゃんーー、私に持っていって欲しいよね? ね?」

 ああ、結局こっちにお鉢が回ってきた。


「そ、それは……」

 以前ならはっきりとそうだと言えた。

 でも、今の僕の立場ではそこまではっきり言えるわけもなく……。

 

「じゃ、じゃあ……いつもの所迄、天が持って行って、そこからは円が持てば良いんじゃないかな?」

 

「ふーーん」

 円が「出たよシスコン」っていう表情で僕を見る。



 夏休み明け初日、課題やらなんやらと色々と荷物がかさ張る為、杖を持つ僕には荷物持ちが必須となる。


 いつもの通り妹は何も言わずに僕の荷物を手に取り玄関を開けるとそこには、満面の笑みで待ち受ける円が立っていた。


 妹は条件反射の様に僕の荷物を振り回し円に攻撃を仕掛ける。

 円はまるで古い香港映画の達人の様に鞄を後ろ手にしたまま、妹のその攻撃を軽くいなした。


 そしてパンツが見えるのを気にする事なく、妹は円に上段蹴りを放った直後……「あら可愛いクマさんパンツ?」

 首を傾け蹴りを交わし妹のスカートの中を見ながらそう言った。


「は、履いてない?! 嘘つくなし!」

 妹は舞い上がるスカートを抑え中腰のまま上目遣いで円にそう言って抗議する。


 そんな二人の争いを僕は黙って見つめる。ドキドキしながら。

 でもそれは、怪我しないかなとかという意味のドキドキだ。


 今の二人は、始めて対峙した時の様な殺伐とした雰囲気は感じられない。

 本気で殴り合えばどちらかが、いや、どちらも傷付く。

 しかし今は甘噛みし合う犬の様な……いや、じゃれ合うライオンの様なそんな雰囲気だった。

 それでも間違って怪我でもされたらなんて思うも、色んな意味で止められない自分が歯痒かった。


 そしてにらみ合い膠着状態になっている二人に僕は「えっと……あの……ち、遅刻するから」と男らしく二人をなだめ、その後罵詈雑言の嵐の中、二人に挟まれ、両手に花ならぬ両手に猛獣状態で学校に向かう。


 そのままいつもの分かれ道に差し掛かり二人は再び戦闘開始。

 

 どうでもいいけど、その振り回してるバッグは僕のなんだけど……。


 円は妹からの攻撃を全て受け、最後に僕の荷物も受け取った。


「覚えてろよ!」

 妹はそう捨て台詞を吐きながら中学校に向かう。

 そんな妹を円は笑顔で手を振り見送った。


「さて、じゃあ行こっか」


「あ、うん」

 休み明け円と一緒に学校に向かう。

 入学当初は注目されていた円、しかし最近はだいぶ慣れたのか、周囲はチラチラと見ている程度になっていた。


 円が一線を退いてそろそろ1年が経つ。


 これ以上経つと本当に忘れ去られてしまうかも知れない。

 そんな事を考える度に僕は複雑な気分になる。


 僕の今の生活に円は欠かせなくなっている。

 僕の妹への依存を半分請け負った円。


 妹的には良かったのだろう……でも円は……。


 

 最近は円とちょくちょく一緒にいる事が多くなっていたが、現状僕と円の関係を聞いてくる者はいない。


 学校で円は相変わらず誰とも喋らない、ちなみに僕はいまだに悪名が勝っていて積極的に話し掛けてくる者はあまりいない。


 そんなボッチ二人がこうやって一緒に登校しているのはとにかく目立つ、まあ、皆の視線はほぼ円に向いているのだけど。


 入学当初は僕と円の関係がバレない様にこそこそと行動していたが、最近はあまり気にならなくなっていた。


「あ、あのさ円って……友達とか作らないのかなぁ~~なんて」

 自分の事を棚に上げ、円に向かってかなりセンシティブな質問をしてみる。


「友達ねえ……一緒に写メ撮ってそれを周囲自慢気に見せてネットにアップする様な人じゃなければ作ってもいいかもねえ、そんな人が居ればだけど」


「えっと……やらないでって言えば……」


「どうしてそんな事言うの、私がそんな事する人に見える! 私達友達じゃなかったの?! 酷い円ってそんな酷い事を友達に向かって言えるの?!」

 突然の名演技? に僕は思わず狼狽えた。


「え、ええ?」


「……なーーんて言われて、翌日には芸能人気取りしてあいつ最悪、なんていい広められる迄がデフォね」


「そ、そうなんだ」


「若しくは遊びに行こうねって誘われ時間を作って行くと合コンだったりして」


「ええええ? でも円をそんな所に連れていったら」


「まあ、自慢じゃないけど皆私に注目しちゃうよねえ」


「それってなんの意味が」


「女子ってねえ、そういう集まりに一緒に行く人を選ぶ時って、自分を引き立てる人を連れて行くか、逆に私はこんな娘と友達なの! って自慢する人を連れて行くかのどっちかだからねえ」

 

「そ、そうなんだ……」


「まあ、でも……うちの学校はかなりネットリテラシーが高い方だけどねーー今まで学校内の盗撮とか無かったし」


 かなり自由な校風のわが校だがネットリテラシーだけはかなりしっかりと教育されており、無闇にSNS等にアップするような輩は存在しない。

 もしすれば即座に学校が調査に乗り出す。

 折角良い学校に入ったのにそんな事で将来に関わる様な事をする者は少ない。


 更に円は事務所の力と母親の力を使いその辺の監視をいまだに続けている。

 完全に引退宣言をしないのはその為だった。


 とにかく、夏休み明け一緒に登校しても特に問題は……無いと思っていたが、チラチラといる生徒の視線が、特に女子の視線がこっちに集中している。

 なんか僕を見ている様な……。


 自意識過剰? なんて思っていたが、それは勘違いでは無かった。


 教室の入ると疎らなクラスメイト数人が僕達を見ている。


「じゃあ放課後に」

 円はそう言って僕の荷物を机に置くと自分の席に向かう。

 クラスの男子の視線は円を追ったが何故か女子の視線は僕の方を向いている。

 なんだ? 何が起きてる?


 そんななんとも言えない空気を感じつつ昼休みになると、先ず最初に橋元が僕の所にやってくる。


「よお、久しぶり」


「あ、うん……その残念だったね」


「今さらかよ、もう春に切り替えてるよ、それよりちょっと話があるんだけど、放課後いいか?」


「あ、うん」


「オッケーじゃあ放課後に、そんじゃミーティング言ってくるわ」


「うん、頑張って」

 少し髪の伸びた橋元、それでもボーズだけど……。

 どこかいつもと違う雰囲気の橋元は周囲に笑顔を振り撒きつつ教室を後にする。

 一体なんの用だろうか、そう考える暇もなくまた一人僕の元に近寄る人物が。


「あ、あの……あのね、宮園くん……ちょっとお話が」


「え?」

 クラスメイトの……えっと名前は……なんだっけ? 

 よく三人組で行動している女子の一人が残りの二人に後押しされる様に僕に近付き話し掛けて来た。


「は、はい?」


「えっと……ここじゃ」


「あ、うん」

 な、なんだなんだ? これは一体なんなんだ?

 真っ赤な顔でうつ向くクラスメイトの女子……身長は低く大きな胸が特徴だ。

 昔から陸上に関連付けしないと女子の名前が覚えられない。


 あーこの娘は跳躍向きだなあ、とか、この娘は長距離向きだなあとか、そこから興味を持ち名前を覚えるのが昔からの僕の習性だ。


 僕はその娘の後ろを歩きつつ、うーーん投てきには身長が低いなあ、短距離長距離には胸が……なんて失礼な事を考えながら彼女の後を追った。


 そして人気の無い外階段の踊場に到着すると、彼女はモジモジとしながら僕に思いもよらない告白をしてきた。





 

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