第20話 もし私以上に……。

 

「嫌よ」


「え?」


「嫌だって言ってるの!」

 彼女は寂しそうな顔から一転、今度は怒りの表情で僕を睨む。

 眉間に皺を寄せ、広角が上がり、牙を剥き出したライオンの様に、威嚇するかのように僕を睨み付ける。


「で、でも……」


「絶対に絶対に、いや!」

 彼女は両手で僕の両腕にしがみつく、そして目に涙を浮かべ懇願するように僕を見つめる。


 彼女の手が痛い程に僕の腕を締め付ける。彼女の手から僕の腕にブルブル震えが伝わって来る。


 そして彼女は僕に、その思いを、ずっと抱いていた自分の思いを、事故のあとの思いを打ち明けた。


「……この2年……私はずっと苦しんで来た……仕事と勉強を死にもの狂いでやってきた……途中何度も挫けそうになった、倒れそうになった……何度も何度も泣いた……でも、貴方の苦しみを知ったから……そんなのたいした事ないって思ってきた。

 そして遂に貴方に会えた……嬉しかった、飛び上がる程に……ようやく始められるって、私はこの日の為に耐えてきた、これでようやく出来るって、貴方の苦しみを共に受け止められるって、貴方だけじゃない、私も一緒に、貴方と一緒に解放されるの、貴方と一緒に……幸せにっなって……」


「……そんな……僕は!」


「私は貴方と一緒にいるって決めたの、一生をかけて貴方に償おうって決めたの……貴方の為に、自分の為に……」


「そ、それって……」

 まるでプロポーズ? 彼女はひょっとしたら僕の事を? 僕はそう思った……でも彼女の次の言葉でそれは敢えなく否定された。


「でも、もしね……貴方の事を一番に思い、貴方に一生を捧げようって人がいたら、私以上にそう思える人がいたら…………だから、そ、そんな人が貴方の元に現れるまで、私は貴方から絶対に離れないんだからね」


「あ、ああ……そういう……」

 あの白浜 円が僕にって一瞬思ってしまった。

 そんなわけ無い……そんな事があるわけない……そう、彼女は僕に責任を感じ、そして同情しているだけなんだ……勘違いするな……。


「貴方に、宮園君に幸せになって欲しい……でも、私が側にいたら迷惑? 貴方の迷惑になるなら……」

 彼女は僕を見つめて、そしてポロポロと涙を流す。 

 綺麗な瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちていく。

 長いまつげが濡れ、頬を通って顎から首に流れ落ちていく。


 意外だった……テレビで見てた時はもっと強い人だって、そう思っていった。


 結構泣き虫だったんだなって、でもそんな彼女を僕は益々可愛いって……そう思ってしまう。

 

 そして……それだけ僕の事をずっと思っていてくれてたんだなって……。

 黒髪を振り乱しながら、僕を見上げる彼女は、泣き顔もまた美しかった。


「わ、わかったよ……わかったから、泣かないで……迷惑だなんて思ってないから」

 まあ、そもそもあの白浜 円が側にいるよって言われて、迷惑がる男なんてこの世に存在しないだろう。


「ほ、本当に?」


「うん……そ、そうだ、今さ、妹が受験勉強中なんだけど、僕が帰ると僕に気を使って中々勉強が手に付かないみたいだから……放課後ここで勉強できればいいなって思った……僕さ進学ギリギリで、あまり成績が良くないんだよ」

 ここは環境も良いし、静かだし。


「ほ、本当に!」

 僕のその提案を聞いて白浜さんの顔がパアッと明るくなった。

 ああ、何て可愛いんだ……その笑顔に僕は癒される。


 初めて出会った時から変わらない天使の様な笑顔の彼女に僕の心臓がドキドキと高鳴る。


 そしてその笑顔を見て、僕はそうかと……彼女の笑顔を見て唐突に思った。


 僕がここに来る事でこんな顔をしてくれるなら、彼女の気持ちが少しでも晴れると言うなら、僕はここに来るべきだってそう思った。そう思う事にした。


「じゃあさ、じゃあさ、私が勉強教えてあげる!」

 嬉しそうに、そして少しどや顔で彼女は僕にそう提案をしてくる。


「え? ああ、そっか」

 なんか一瞬勉強出来なさそう……って失礼にも思ったけど、白浜さんて外部受験で合格してきたんだった。死に物狂いで勉強したって……。


 内部進学のトップクラスでも、外部受験だと微妙って言われる程にうちの学校に高等部から入るのは厳しい。

 妹もああ見えて必死に勉強している……僕の世話なんてしている場合じゃないくらいに……。


「あーー、今なんか失礼な事考えた?」


「……いえいえ全然、全然ぜ、ぜん」


「噛んでるから」


「えっと……じゃあ、お願いします」


「うん! 頑張ろうね」

 放課後毎日彼女と一緒に居られる……そう考えたら、凄く心が高鳴っていく。

 嬉しい……彼女に出会えて良かったって……僕は今、そんな気持ちになっていた。

 

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