第21話 妹の負担


「転勤?」


「だって」


「へーーこの時期に?」


「まあ、春だからねえ」


「いや、そうじゃなくて天が受験だってのに」


「まあ仕方ないよねえ」

 妹は少し疲れた感じでそう言った。


「大変か?」


「うーーん、正直結構厳しい……かもねえ」


「いいんだよ僕は……別の高校でも」


「ううん、なっちゃんもいるし、あーー小学生の時もっと頑張っておけば良かった」

 夏樹は自らが作った料理の回鍋肉をパクパクと啄みながら、ため息をつく。


「まあ、中等部から行くのが普通だからなあ」

 

「まあ、頑張るよ」

 他にもサラダやスープ等々数種類の料理が用意されている食卓を見て、僕は前から考えていた事を切り出した。


「……あ、あのさ」


「ん?」


「当分朝の見送りは大丈夫だからさ」


「えーーそれくらい平気だって」


「いや、でも……あ、後さ、僕……放課後ちょっと外で勉強するからさ」


「へーーーーどこで?」


「いや、図書室とか、友達の家とかさ」


「え!」

 僕がそう言うと、天は驚きの表情を浮かべた。


「な、何?」


「お、お兄ちゃん! と、友達いるの?!」


「い、いるし!」


「そうなんだ、良かった、本当に良かったよ」

 わざとらしくハンカチを目に当て泣く振りをする妹……いや、ごめん……本当はいない……。


「な、泣くな!」

 

「そっかあ、高等部で遂に、良かった本当に良かった~~」


「……うるさいなあ……まあ、だ、だからご飯も毎日じゃなくて良いからな」


「え~~でも、外だと栄養も片寄るし、お金もかかるし」


「うーーん、ほら例えばカレーとかシチューとかの回数を増やしたり、冷凍を使ったり、色々工夫すれば良いんじゃない?」


「……そうだね」


「……どうした?」


「ん? ううん、大丈夫、わかった」

 妹は寂しそうな顔で僕を見つめる。兄妹なのでなんとなくその理由はわかった。

 食事を簡単にするなんて、以前の僕ならあり得ない提案だから。


 身体作りに最も必要な事は練習と食事だからだ。アスリートだった頃の僕では考えられない提案なのだ。

 その名残で今でもご飯は低カロリー高たんぱく質、多品目、多少脂肪分の多いメニューが増えたが今でも以前と同じ様なメニューを続けていた。


 でも、それは完全に妹の負担となっているのは明らかだった。


 足の怪我さえなければ僕が全部やるのに。


 料理は出来る、でも細かい横移動に時間がかかる。

 簡単な物でも、例えば冷蔵庫に移動する時、いや、それこそ野菜を切ってコンロにずれるにも一々時間がかかったり、そもそも切っている最中にバランスを崩したりする為に、多少の手助けが必要となってしまう。

 

 その結果料理をするには、妹のアシストが必要となってしまう。


 僕が一人で全部出来れば……妹の負担が減るのに……。


「勉強……頑張れな」


「うん、ありがと、お兄ちゃん」

 その妹の笑顔に僕の胸がチクリと傷んだ……でも嘘はついていない……白浜さんは友達の様な人なのだから……。



◈◈◈



 あの事故で陸上部、体育学部、学校側に多大な迷惑を与え、更には事故の原因が生徒に知らされていない為に色々と尾ひれがつき、僕は殆んどの生徒からあまり良い印象を持たれていない。


 そしてその原因の一端である白浜さんが入学しても状況は変わらない。


 多分白浜さんにあの時の事を皆に言ってくれと僕から頼めば、恐らく彼女はそうしてくれるかも知れない。


 でも、ここであの時の事を全校生徒に暴露すると、今度は白浜 円が僕を追いかけてこの学校に入学した事が皆に知られてしまう。


 元アイドル、人気タレント、CM女王だった彼女が僕を追いかけてなんて事が世に知られたら、多分僕は今以上の窮地に追いつめられる可能性がある。


 だから僕達の関係は秘密だ……学校では決して絡む事は……ない。


 僕はいつも斜め後ろから、白浜さんを見つめるだけ……。


 白浜さんも、誰にも構う事なく、淡々と学校に通う。


 でも、その背中は……白浜さんの背中はやはり……凄く寂しそうな……そんな感じがしていた。

 


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