第22話 円の思い
翔くんを見送り私は自室に戻った。
「また泣いちゃった……」
翔くんの事を考えると涙が出る。
自分の責任で一人の男の子の運命を変えてしまったのだから、泣いて済む問題じゃない。だから出来れば泣きたくなかった……泣いて許して貰おうとしてるなんて思われたくない。
でも、翔くんは来てくれるって……毎日家に、『帰って来てくれる』って、そう言った。
「ふふ、ふふふふふ、ひゃっほううう!」
嬉しい、嬉し過ぎる、マジで嬉しいんですけど!
一緒に勉強して、たまに映画なんか見たりして? ご飯も一緒に食べたりなんかして? あはは……。
ずっと考えていた、ずっと翔くんの事を……。
ずっと見ていた……。苦しい時ずっと翔くんの……写真を映像を。
「このマンションは翔くんの為に買ったけど、でもこの部屋だけは見せられないよねえ」
この部屋には……私の部屋には、私が頑張ってきた証がある。私の思いが詰まっている。
私は部屋に貼ってある──翔くんの写真を眺める。
「あはああぁぁかっこいいぃぃ、かわいいいぃぃ」
雑誌から切り取ったり、映像からプリントアウトしたお気に入りの写真を部屋に貼って私はいつも眺めていた。
苦しい時、辛いとき……私の糧となってくれていた。
そして、もう一つ。
私はベッドから起き上がると、おもむろにテレビのスイッチを入れ、DVDを起動する。
テレビには何度も何度も繰り返し見てきた映像が映し出される。
小学生の部、100m決勝……素人の人が撮っている為に、手ぶれが凄い……。
号砲と共に一斉にスタート、と同時に一人の少年が飛び出す。
他の人とは比べ物にならないくらいの綺麗な走り……そして周囲をぶっちぎっての優勝……日本新記録のおまけ付き。
「綺麗……可愛い……凄い……」
翔くんの映像は他にいくつもある……テレビ局や制作会社、出版社等々、色々とコネを使い集め捲った翔くんの映像と画像。
部屋中に翔くんが一杯……その全てを今さらながら改めて眺めると……我ながら引く……でも仕方ない、だって安心するんだもん……。
癒される……とっても気持ちが穏やかになる。
今思えば私は一目惚れしていたのだろう。翔くんに……。
あの美しい姿……走る姿に一目惚れした。
そして……それを私の好きな翔くんの走りを……消してしまったのは誰でも無い、私自身。
会わす顔も無い、どの面下げてって奴だ。
でも、それでも会いたかった、ずっとずっと会いたかった。その為に2年もの間死に物狂いで頑張ってきた
そして怖かった……翔くんに嫌われているんじゃないかって……もしそうなら私のこの2年は、あの苦しみは全て水泡に帰す。
でも、それでも……良かった、近くにいられるだけで。
嫌われても、拒絶されても、なじられても、叩かれても側にいるって決めた。
そしてそれは……杞憂に終わった。
翔くんの優しさに救われた。
でも、今度は罪悪感が私を襲う。
こんなに幸せで良いのかって……。
私と出会わなければ、彼は走り続けられていたのに……。
「ああ、もう頭がぐちゃぐちゃになる」
複雑な思いが頭の中で渦巻く。
私は彼の元に来られて嬉しい……でも彼はどうなんだろうか?
私なんかに側に居られて本当に幸せになるのだろうか?
あの忌まわしい事故の記憶をいつまでも忘れられないんじゃないだろうか?
だから……もし、彼が私を心から拒絶すれば、私はそっと影に隠れようって、遠くから彼を見詰めていようって思っている。
そして……もし、私以上に彼を愛し、彼に寄り添える人が現れたら……その時は……彼の前から消えようって……二度と彼の前には現れないって、私はそう……決めている。
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