第19話 お帰りなさい


「お帰りなさい!」


「……こんにちは」


「何よお! 他人行儀な」


「いや……他人ですから」

 約束通り白浜さんのマンションに再びやって来た。



 いつも通り学校ではクールっていうか、まあボッチで過ごしていた白浜さんは、放課後一目散に帰宅していった。


 僕もほぼ同時に学校を出たが、いつもの通り歩くスピードが遅いのと、約束していた通り白浜さんの家にいかなければいけない気の重さから、さらに歩く速度が落ちた。

 結果、恐らくはもうとっくに彼女は帰宅して待ち構えているだろうと思った通りに、マンションの入口で彼女の家の番号を押した瞬間に自動ドアが開く。


 そして、マンション最上階ホテルの様な通路の先にある円の部屋の前に着くと、重厚そうな玄関の扉も開かれており、学校でも、テレビでも見せた事の無い満面な笑みで僕を迎えてくれ……。ああ、いい笑顔だなあ……。


 僕は彼女の用意してくれたスリッパに履き替え、昨日同様リビングに向かおうとすると……。


「こっちこっち」

 僕の左腕を持ち、僕を介助しながら白浜さんは僕をリビングとは違う部屋に誘う。

「ど、どこへ?」

 一体この家には何部屋あるのだろうか、長い廊下にいくつかの扉があり、その一つの扉を白浜さんは開いた。


「……ここは?」

 中に入ると自分の部屋の物よりも遥かに大きいキングサイズの高級そうなベッド、そしてシンプルだけど高そうな机、機能性抜群そうな椅子、さらにはパソコンや、テレビ等が置かれている。


 窓も大きく景色も最高の一室にされる。


 ひょっとしたら……この部屋は……白浜さんの……部屋?

 妹と夏樹以外の女子の部屋に初めて入ってるって事?

 しかもあの……白浜 円のプライベートルームに……僕は入ったのか?。


「どう?」


「どうって?」

 女の子の部屋にしてはシンプルな気がするが、夏樹の部屋や妹の部屋しか見た事の無い僕にはこれが標準なのか定かではない。

 少なくとも夏樹のあのフリフリピンク部屋と比べるとかなりあっさりしている。


 それでも初めて入る他人の女の子の部屋なのだから、何か気の利いた事を言わなければと思い、少ないボキャブラリーの中から適当な言葉を探っていると、白浜さんは、またもやとんでもない事を僕に向かって言い放った。


「ここはねえ~~宮園君のお部屋だよ?」


「…………はい?」

 あまりに予想外の言葉に僕の耳は聞くことを勝手に拒絶したらしく、何を言ってるのかよくわからなかった……なので僕の脳は反射的に僕の口から再度聞き直す言葉を発した。


「だから宮園君の寝室、ちょっと狭いかな?」


「は? 部屋? 僕の?」

 しかも狭い? 狭いって言った? いや、あの……ここ、僕の部屋の3倍はありますけど


「そうよ」


「……ええええ! いや、だから意味わかんないんですけど!」

 あああ、重い重い重い重い、とにかく彼女の言葉は昨日から重すぎる。


「何か足りない物ある? ああ、そうだこれ」

 白浜さんは、昨日渡そうとしたマンションのカードキーと、そして更にもう一枚カードを渡そうとしてくる。


「……えっと、これは?」


「ん? クレジットカード」


「それは見ればわかる……」

 銀色に輝くカード……そして名前の欄には僕。


「ごめん、本当にごめんね」

 

「な、何が?」


「ブラックカードは駄目だって、だから本当にごめんね、プラチナで……」


「いやいやいやいや、は? 意味が全くわからない……え? ブラック? プラチナ? 何それ? 仮面○イダーなんか?」


「あ、あのね! さっき……やっぱり、ちょっと悲しかった、なんか他人行儀で、だから明日からはこれで自由に入ってきてね? ここは貴方の家なんだから!」


 白浜さんは、本当に寂しそうな顔で僕を見つめる。


 テレビでは常に笑っていた。でも、さっき僕に見せた笑い方では無かった、どちらかというと、今見せている寂しそうな表情に近い笑顔だった。


 昨日も僕がカードキーを貰う事を拒否した時、彼女は寂しそうな顔で僕を見ていた。

 そして今また同じ表情で僕を見ている。


 見たくない……僕はそう思った。こんな顔の彼女を僕は見たくないって。

 

 そして以前から僕と会えばこんな表情になってしまうって、そう思っていた。


 だからいつしか僕は彼女には会わない方が良いって、そう思っていた。弁護士さんとの約束が無くても、会わない方が彼女の為だって……そう思っていた。


 彼女の笑顔は見たかったけど、いつかテレビで見れるって思い僕は画面に映る彼女を見続けていた。



 だから今の僕はもう満足なのだ……彼女の笑顔を見れたから、最初に出会ったあの時の笑顔を見れたから。


「大丈夫だよ、こんな事しなくても、もう、本当に……」

 僕は彼女を見て、真っ直ぐに見つめてそう言った。

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