第158話 突き放していいよ


 一体なんだったのだろうか?あの円の格好は……。


 俺の家から足早に去っていく円を呆然と見送る。



 気になって勉強に集中出来なかった。

 だって……あんな格好……可愛すぎるだろ? 

 今までも何度か可愛い姿を見てきたけど、今日の姿は可愛いを通り越していた。

 元アイドルって事は知っている。でも今の円からそんな姿は想像出来ない。


 しかしそれを今日まざまざと見せつけらる格好となった。


 しかも家に送って貰う時の円の姿もまた凄かった。


 某映画に出てくるようなサングラスと黒のロングコート。

 着替える暇無かったせいか、それを隠し尚且つ変装の為なのだろう。


 ピストルの玉も避けそうな出で立ちに圧倒されてしまう。


 可愛いと格好いいの融合……今流行り? の格好可愛い系女子?


 そんな円の突然の変化に俺は戸惑っていた。


 そんなに俺の足が心配なのだろうか? トレーニングはいつもの事なのに……。


「信用ないなあ……」

 俺はそう言って顎を軽く拳で叩く。信用に足る行動をしてこなかった自分をそうやって戒めた。

 

 そして、深呼吸を一度して気持ちを入れ換える。

 また妹に変な勘違いをされても困ると俺は平常心を装い、玄関の扉を開けた。


 ……と同時に、俺の事を待っていたかのように二つの影が俺に襲いかかってくる。


「え?」

 その二つの影は黒いトレーニングウェアの夏樹とセーラー服姿の天だった。

 俺は妹に取り押さえられ、夏樹に無理やり靴を脱がされる。


「ちょ、ちょっと、な、なに?」

 二人は何も言わず俺の脇を抱えると、そのままリビングに俺を運んでいく。

 

「え? え? え?」

 そしてわけもわからず俺はリビングのソファーに投げつけられた。

 

「お、おい! な、何すんだよ?!」


「お兄ちゃん! やったの?」


「は?」


「朝から円の様子がおかしかったじゃん?! 今もなんか変な空気だったじゃん?!」


「ま、またそれかよ!」


「かーくん……したの?」


「夏樹お前まで」


「私この間色々言っちゃったから、彼女自棄になって……」


「うわあああああ、お兄ちゃん遂に、うわ、うわああああ、最低!」


「何で最低なんだよ!」

 

「弱味につけこんで身体を要求したんでしょ!」


「し、してねええええ!」 

 す、するか?!


「じゃあなんであんな態度だったのよ?! 朝だって私に気付かないで、しかも真っ赤な顔で……まるでこれから何かしようと決意したような顔だった……」


「知らん!」

 それってどんな顔だよ?! そもそもなんなんだこの茶番は一体。


「ねえ、かーくん、お姉さん怒らないから本当の事言ってごらん」


「ああ、もうその展開こないだ天とやった」

 ネタ切れか?

 俺がそう言うと、二人は俺から少し距離を取り、ひそひそと俺に聞こえないように話始める。


 そして……。


「ねえかーくん、かーくんもそろそろ年頃だもんね」

 二人で何を話し合ったのか、天はわくわくとした表情でその場に正座をし、夏樹は四つん這いになり、まるでネコのように音もたてずにゆっくりと俺に近づき耳元でそう言った。


「いや、えっと夏樹?」


「色々興味持っちゃった? 円さん可愛いもんね、でもさやっぱりああいう人気って色々めんどくさいじゃん?」

 夏樹は俺に顔を近付け、俺の膝に手を置いた。

 思わず仰け反る俺、夏樹は構わず俺にのし掛かる。


 甘ったるい夏樹の汗の匂いがする。

 子供頃一緒に走り回っていた時から、いつも夏樹の後ろで嗅いでいたバニラのような甘い香り。

 今も変わらない……俺の大好きな匂いが夏樹から漂って来る。


「あの夏樹さん? 一体何を?」


「だーかーらー、そういう事は幼なじみの私で発散した方が良くない?」


「きゃああああああああ、なっちゃん大胆!」

 夏樹の言葉に天が嬉しそうに声を上げる。


「……さっきから何を言ってる?」

 

「ほら、かーくん、かーくんのしたい事、なんでもしていいよ?」


「なんでもって?!」

 なんでも……なんでもってどういう事?


「あーーもうじれったい」

 夏樹は俺の手を取るとそのまま胸に……って?!


「ちょ、ちょっと待て、え? これってもしかして?!」


「だから言ってるでしょ? 円さんじゃなくて私でって」


「いや、えっと何? つまり夏樹は今、俺に迫ってるって事?」


「他にある?」

 真剣な面持ちの夏樹……その夏樹の表情を見て俺は思わず……、


「ぶ、ぶはははははははは」

 大笑いをしてしまった。


「な?!」


「いやいや待って、うははははは」

 あまりの展開に俺はソファーに倒れ腹を抱える。

 駄目、待って……苦しい。


「ちょ、ちょっとかーくん失礼じゃない?!」


「お兄ちゃん?」


「いやいや待って、だって、だって、ジャージじゃん、ジャージ姿で迫ってくるなんて、ぶははははははは」

 そもそも妹目の前だぜ? しかも夏樹だぞ? しかもジャージって、いくらなんでも笑ってしまう。


「し、失礼だぞ!」


「お兄ちゃん最低」


「いやいや、だってだってさあ、あははははははは」


「ああああ、もう! かーくんのバカ!」


「お兄ちゃんのバカ!」

 二人は笑い転げる俺にのし掛かってくる、そして俺を……擽り始めた。


「ぎゃああ、や、やめ、うははははは」

 懐かしい二人とのじゃれあい、そうだ、これが俺達の日常だった。


 兄妹のように姉弟のように、昔からこうしてじゃれあっていた。

 怪我をするまではこんな子猫のような関係だった。


 懐かしい、久しぶりのこの感じに、俺は思わず涙が出てくる。


「お兄ちゃん?」

「かーくん?」


「あははは……大丈夫だよ、二人が心配してくれてるのはわかってるから」


「……」


「大丈夫、大丈夫だから」

 俺はそう二人に言った。でもそれは二人に向けてというよりも、自分にそう言い聞かせていた。

 

「お兄ちゃん……」

「かーくん……」


「ごめんな、わかってるよ……でもさ、やっぱり俺はまた走りたい……速くなくてもいい、とにかくゴールしたい……今度は転ばないで、誰の手も借りないで」



「でも……」


「覚悟はできてる、難しい事も重々承知だよ」

 俺はそう言って二人の頭を抱き締める。


「駄目だった時は……その時はまた二人に甘えるかも知れない……勝手でごめん、嫌なら突き離してくれていいよ」


「──バカ言わないで、そんな事するわけないじゃない?!」

 

「そうだよ、円なんて所詮他人じゃん! 私とお兄ちゃんは兄妹なんだから、一生続く兄妹なんだから!」


「……うん……ありがと……ありがとな」

 俺はそれ以上何も言わずに二人を抱き締める。

 また保険って思われるかも知れない。

 でも、二人のお陰で俺は今安心出来る。

 二人のお陰で……円を信用出来る。


 こいつらがいるから俺はまだチャレンジ出来る。


 俺は諦めない……もう俺は絶対に……諦めない。





【あとがき】

お読み頂きありがとうございます。

3部1章終了です。

そして季節は一気に冬まで飛びます。

2章は真冬、手術後から始まります。

翔君と円は一体この先どうなるのでしょうか?((゜□゜;))デンデンワカリマセン(笑)

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