第157話 自分のキャラってどんなだっけ?


 とりあえず勉強をやれるだけやり、翔君を家まで送り私はマンションに戻った。


 多分……。


「…………あれ?」

 私は気が付いたらソファーにもたれ掛かかっていた。

 外は真っ暗……部屋も真っ暗……。


 可愛い服を着て翔君の前に立ってからの記憶が全く無い。

 今もその服はまだ着ている……。

 てか、私なんて服を着ているの?


 これってアイドル時代の衣装だよ?!

確か「童貞を殺す服」って名前だった気がする。

 アイドル時代から体型はそれほど変わってない、やや身長が伸びたのでスカートの裾がかなり短くなっていた。今は超ミニスカート状態。

 ブラウスも身体にピッタリと貼り付き胸が強調されている。


 お腹のコルセット部分を緩めてなんとか入った。太ったわけじゃないよ! 成長しただけだから!


「って……わ、私……なんて服着てるの?」

 持っている服で一番可愛いのはこれなんだけど、さすがに恥ずかしくて着れなかったのに……何故か着ている私……。



「うわ、うわあああああああああああ……」

 引いてたよね? 翔君絶対引いてたよね?

 覚えてないけど……なんか不思議そうな顔をしていた……気がする。


 家に送った時は流石にコートを着た、翔君以外にみられる事はなかったのは不幸中の幸いだ。


 ああああああ……今日の自分の行動言動が思い出せない。

 朝、翔君に腕を掴まれてからの記憶が殆ど無い。

 舞い上がっていた。


 だってだって……好きな人との登校なんて夢の中でしか体験した事無いんだから。


 いや、待って、そう言えば……これって私の初恋じゃない? いや、初恋は小学校の時の翔君、いやいや、今いるのはその彼じゃない? え、待ってそうだよね? 


「ああああ、駄目、何も考えられない」

 どうしたの? 貴女はそんな女の子じゃないよね? もっとこう、クールというか、常に冷静、全てを俯瞰して見ている神の目を持つような、そんなキャラだったよね?


 あれ? え? えええ?

 私はスマホを取り出すとおもむろに電話をかける。



『はい? マドカ?! め、珍しい、どうしたの?』

 着信3回、キサラはすぐに電話に出でてくれた。


「ねえねえキサラ、私ってどんなキャラだっけ?」


『は?』


「もう……自分がわかんないのおおおおお」


『えっと……いきなり何? ってのはいいとして、少なくともマドカは私にこんな電話を掛けてくるようなキャラではなかった筈だけど……マキじゃなくて私に電話してくる時点で既にどうかしちゃってるよね? それで、翔君と何かあった?』


「ななななな、なんで翔君?!」


『いや……今の貴女がおかしくなるのは翔君以外ないよね?』


「どどどどど、どうして?!」


『どうしてって……は、はーーーんマドカ遂に気が付いたか』


「気が付いた?」


『あの子が好きってことに』


「えええええええええええええ!」


『ああ、うるさい!』


「な、なんで知ってるの?!」


『なんでって知らないのはあんたたちだけでしょ?』


「そ、そんな……」


『まあ、せっかく気が付いたんだから言ってあげる。責任や同情だけであそこまで本気で付き合うなんて事出来ると思う? 誰かが言ってたけどさ、友達の為なら死ねる、死ねなきゃ友達じゃないって、そんなわけ無いでしょ? そんな重い友達私はいらないよ。でも、でもね、好きな人のならそう思うし、そう思って欲しいよね?』


「……」


『自分の人生をかける、命をかけれる人なんて家族や恋人以外にいる?』


「な、中には……いるかも」


『あははは、あんた他人に滅茶冷たいよね? 私やメンバー、果てはファンにも塩だったし』


「そう……かな?」


『自覚してない時点でもうどうしようもないよね……でも、そんな貴女がそこまで思える人なんて彼以外にいる? 仮によ、もし彼以外で貴女が誰かを怪我させたとして、そこまで責任を取ろうって思える?』


「それは……思えない……かも」


『あははははは、正直だねえ、まあ、それはそれでどうなんだろってのは置いといて、まあ、そういう事でしょ?』

 少しずつ冷静になってくる……そしてどんどん恥ずかしさが増して来る。


「キサラ……それを知ってて……ニヤニヤしてたんだ……」

 思えば沖縄旅行の時、私を見て常にニヤニヤしてた。


『そりゃあのマドカが恋に落ちるなんて、そんなの一生見れるとは思ってなかったからねえ』


「わ、私だって……こんな気持ちになるなんて……」


『落とす事はあっても、まさか落とされるとは』


「そんな人を変人みたいに」


『あんた変人じゃん、まあいいわ、それで、どうするの?』


「どうって……」


『わかってるでしょ? 翔君は……貴女を憎んでいるよ』


「……うん……知ってる」

 そんな事は百も承知、私は知っている……彼は私の事を憎んでいる。


『そか、まあ、でもね人の気持ちなんて簡単に変わるからね……憎しみは愛情の裏返し、逆もまた然り。可愛さ余って憎さ百倍ってことわざもあるからねえ』


「……そうなの? そうなのかな?」


『あっははははははは、素直だねえ、こんな素直なマドカなんてこの世に存在したんだ? ……ああ、今からマドカのマンションに行っていい? 是非貴女の顔を見たいわ!』


「だ、駄目! 絶対に駄目! 来たらマキちゃんに襲われたって言うから!」


『襲われたって……まあ嘘よ、今、私旅行中だしね』


「うううう、」

 電話からケラケラと軽い笑い声が響く。

 完全にからかわれている。

 それにしても……まさかこんな話をキサラとするなんて思いもしなかった。

 でも、昔から何か困ったとき、キサラは私に必ずアドバイスをしてくれる。

 はっきりした事は言わない、強制もしない……ただ進む道を方向を導いてくれる。

 自分で歩む方法を教えてくれる。


 そんな存在だった。


『まあ、頑張んなさい、私が見守ってあげるから』


「見守るって、もう電話しないもん!」

 いくらなんでも早々相談なんてしない。

 まあ、天ちゃんから報告は行くのだろうけど……ってそうか!


「あ、天ちゃんには言わないで!」


『え~~嫁、小姑争い?』


「うっさい!」


『あっはははは、大丈夫大丈夫、マドカの恋愛なんて美味しいものを壊すなんてしないから』


「くっ」

 ああ、今になって後悔する。

 完全に弱味を握られた。


『まあ、来年が楽しみね』


「……何で来年?」


『なーーんでも、じゃあねえ~~お幸せに~~』

 キサラはそう言うと唐突に通話を切った。

 

 私はスマホを放り投げソファーに倒れ身体を丸め膝を抱えた。


 そして目を瞑る……可愛い小学生の翔君の笑顔が頭に浮かぶ。


 大好きな翔君……でもその笑顔はすぐに消え去る。

 次に浮かぶのは初めて会った時の翔君……美しい走りの彼が頭を過る。


 そして……今の翔君……頼りない顔、情けない性格、弱い意志。


 でも……今の彼を思い出すと胸が締め付けられる、心臓が高鳴る。

 これはずっと同情だって思ってた。自分の責任感から来る感情だってそう思ってた。

 

 でも……違う……今ならはっきりとわかる。


 これは恋なんっだって、私の初恋なんだって……。


 どうしよう、どうすれば良いの? この気持ちを彼に伝えるわけにはいかない……。


 彼は私を憎んでいるのだから。


 そんな彼にこの思いを伝えるわけにはいかない。


 そして今はそんな事を考えている暇はない。

 予定では冬休み迄に彼の手術をする、しなくてはならない。


 まだ全ての準備が整ったわけではない。


 検査結果、執刀医、新技術、最先端医療……。

 私のすべてのコネを使い、お金を使い、全てを揃える。万全の体制を整える。


 学校もかなりの期間休む事になる為に、それなりの成績を残さなくてはいけない。

 

 だから……この気持ちは押し殺さなくてはいけないのだ。


 彼の足が治るまで……この気持ちに封印をしなくては……。


 でも、彼の足が治ったら……彼は私の事を必要としなくなる。


 その時私は……どうなるんだろうか……私のこの気持ちはどうなるんだろうか……。


 


 


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