第156話 童貞を殺す服


「ひ、ひう?!」


「ひう?」


「いいえ、なんでもありません、ええ、なんでもありませんとも!」


「そ、そう?」

 早朝、学校に行くために円の腕に捕まる。

 リハビリはかなり進み、ゆっくりと歩けば一人でも転ばずに歩けるようにはなっている。

 一昨日にもトレーニングを一人で行っているし、正直鞄さえ持ってくれれば掴まる必要は殆ど無いのだけど、円はまだ危ないからと俺に腕を差し出してくる。


 なので素直に掴まったが掴まると同時に円はなんとも言えない声を上げた。


「だ、大丈夫?」


「こっちのセリフですとも!」


「で、ですとも?」


「な、なんでもありませんとも!」


「なんかさっきから口調がおかしいんだけど……なんか腕も震えてるし」


「そそ、そそううでですすかか??」


「いや、声も震えてるし、えええ? だ、大丈夫?」

 そしてなぜ敬語?


「な、なんでもありません、い、いい、行きましょう!」


「あ、うん」

 俺は玄関で円を待ち構えていた妹に、行ってきますと手をあげた。

 円は妹に気付いていないのか、今日は相手にする事なくそのまま学校に向かって歩き始める。


 何かおかしい……。

 円の態度がおかしい……。


 一昨日公園でわかれる時も様子がおかしかった。

 俺が何度も送っていくと言ったのにとにかく固辞し慌てるように走って帰って行った。

 そんな円の態度に疑問を抱く。

 

 そしてその疑問は確信に変わる。


 何かおかしいのは明らかだ。


 冷静沈着何事にも動じない円とは思えない行動と言動。

 とりあえずそんな状態で今日の勉強会は出来るのかと俺は単刀直入に聞いてみた。


「えっと、今日は普通にする?」


「す、する? するって、な、ななななな何を!」


「いや、勿論勉強だけど……」


「あ、ああ勉強……ええ、しますよ勿論しますとも! するに決まってるでしょ?!」


「いや、そんな強く言われても」


「も、勿論です…………ふ、二人っきりで? 家で?」


「いや、えっと……何故疑問形」

 

「あああ、ち、違う、違います、そう、あの家は二人の家でしゅ、ふ、二人の……ひう!」


「だ、大丈夫?」


「こっちのセリフです!」

 話が全く噛み合わない……どうしたんだろうか?

 やっぱり夏樹との話し合いのせい? いや、公園でその話をしていた時は普通だったよね?


 って事は……俺のトレーニングを見せたからか? そ、そうかそのせいか。


 多分円は俺のトレーニングを見て…………心配したんだ。

 まあ素人から見たらハードトレーニングに見えるだろうし、夜遅くに一人で出歩いているし、手術前に足を悪化させたり、勉強時間が減ったりする事を気にしてるのだ。


「心配しなくても大丈夫だよ」

 俺は歩きながら円に顔を近付けそう言った。


「ひ、ひう?!」

 俺がそう言うと円は再び妙な声をあげる。


「……本当にどうした」


「ど、どどどど、どうもしません!」

 円は顔を真っ赤にし怒りに満ちた表情で俺を見ると、俺から目線を外しそっぽを向いた。


 うーーん、なんだろうか? 何でこんなに怒ってるんだ? 会長との事をまだ怒ってるのか?

 いや、円はいつまでも根に持ったりしない筈……でも数年間俺の事故の責任を取る為に行動してきたぐらい粘着っぽい所もあるし……。

 そんな事を考えている間に学校まで到着してしまう。

 結局俺と円は教室まで何も話す事はなかった。


 そして……放課後「じゃ帰ろっか」と、いつも通り俺に話しかけて来る、

 一見いつもの円に戻っているようだ。

 

 いや、戻っているように見えてはいるが……よく見るとどこかそわそわもじもじとしている。


 周囲は全く気にしていない、気付いているのは俺だけ?

 とりあえずそのまま学校を後にする。

 

「寒くなってきたねえ」

 円のマンションの道すがら、やはりまったく会話が無い。

 何か会話をしなくちゃと、俺はとりあえず定番の天気の話を振ってみる。


「ひう?! え、ああうん、そうね……」

 いつもならそこから色々と話が広がって行くのだが円はそう一言だけ言葉を発すると、再び押し黙ってしまう。

 何か考え事をしているような表情で、黙って歩く円。


 でも、とりあえず話しかければ答えてくれるので、まあ、そういう日もあるかと俺はそう自分自身を納得させた。


 ……嫌われたわけでは、怒っているわけではない、とりあえず今はソッとしておこう。


 ちょっと寂しい気持ちもあるけど、円も人間なんだなと、そう思う事にした。

 

 いつものようにマンションに入ると円は俺をリビングに押し込み慌てるように自分の部屋に戻って行く。

 俺は制服をハンガーにかけ、とりあえずソファーで寛ぐ。

 勉強前の一時、ここでお茶を飲むのが日課だ。


 しかしいつもすぐに戻ってきてお茶をいれてくれる円が、今日は待てど暮らせど戻って来ない。


 痺れを切らした俺は立ち上がり様子を見るべく円の部屋に行こうとしたその時、リビングの扉が開いた。

 

 そして、そこには今まで見た事もない円の姿があった。


 円は……コルセットと一体になってるミニスカート、白のブラウス姿にニーハイを履いてリビングに入ってくる。


「えっと、どこかに……出掛けるの」

 

「え? ううん、勉強するけど……変かな?」


「い、いや……」

 決して変な服ではない……のか? とりあえずアイドルのようなその格好は円にピッタリだった。

 コルセット部分は引き締まったウエストをより強調し、フリルのついたブラウスは円の可愛さスタイルの良さを際立たせる。

 そして太もも近くまであるニーハイは円の足の美しさを細さをより見せつけてくるようだった。


「えっと、ああ、お茶をお茶をお持ちしますね」


「え? ああ、うん」

 呆然と見つめる俺に円はそう言うと、少し慌てるように赤い顔でキッチンに入っていく。


 やっぱりおかしい……とにかくおかしい、一体円はどうしてしまったのだろうか?

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