第166話 憧れの存在だった。
宮園 翔
彼の記録は今も燦然と輝く、小学生歴代日本最速の男子。
私の名前、一見普通とも思えたが、小学生の時に気がついた。
「私って……ただのじょしだ……」
なんて名前を付けたんだ? とお母さんに言ったらケラケラと笑われた。
でも……そう、私は名前の通り普通の女子、ただの女子。
ただただ走るのが好きなだけ……なんの才能も無い。
可愛くもない成績も普通の、なんでも無いただの女の子。
そしてそんな、なんの才能も無い私は、小学生の時一つ上の彼、宮園翔さんを見て衝撃を受けた。その才能の塊に心を撃ち抜かれた。
私は彼を見て一瞬で虜になった。そう私にとって彼は、宮園 翔様は憧れの存在。彼は私のヒーローとなった。
それから私はその走る姿を、彼の走りをずっと見ていた。同じ地区の子だったので、あの美しい走りを、他を圧倒して勝利する姿を……ずっと見続けていた。
私はいつもスタンドから彼を見て応援し、誰よりも速い彼に熱狂した。
いつか彼と、宮園様と同じ学校で、そして彼と一緒に走るのが私の夢になった。
でも、彼が私立城ヶ崎学園に進学したと聞いた時、私は愕然とした。
城ヶ崎学園……名門中の名門、県内トップの私立中学。
入学するには二通り、難関といわれる試験を受け合格するか、体育推薦で入るかの二通りしかない。
私立城ヶ崎学園の体育推薦は全国クラス又はそれに相当する実力がある者とされている。
好きなだけで才能の無い私には、到底無理。
つまり私が宮園様と一緒に走るには、憧れの彼を先輩と呼ぶには、普通に受験するしかない。
でも走ってばかりいた私は勉強が……少し……ちょっと……かなり疎かになっていた。
だから慌てて勉強を開始した、1年間必死に勉強した。
でも……やはり駄目だった。
かなり落ち込んだ、でも普通の私では仕方無いって直ぐに諦められた。
でも……大丈夫って直ぐにそう思い直す。そう、憧れの人を遠くから眺めるってのも……いいかも知れない。
……スタンドからそっと応援する自分の姿を想像し、それもいいかも……ってそう思うようになった。
そして私は城ヶ崎学園と同地区の公立中学に入り、陸上部に所属し、大会で彼の姿を探した。
しかしいくら探しても彼は見つからない。
宮園様の名前は一切出て来なかった。
どうしたのだろう? 陸上にシードは無い筈。
どんなに速くても予選から参加する筈。
まさか陸上を辞めてしまったのだろうか? それとも怪我でもしてるのか?
私は心配になり、いてもたってもいられず、城ヶ崎学園の男子に彼の事を聞いてみた。
すると……。彼は中学1年の時の全国大会で、夜中ホテルから勝手に抜け出して遊びに行きそこで事故に遭ったそうだ。
噂では女の子と遊び歩いていたって……、彼はそう言った。
今は学校の嫌われものだって、名門の名を傷付けたって、陸上部の存続も危うい、部員全員が彼のようにいい加減な行動をするって見られている。
宮園翔は学校の汚物、ガン細胞、早く辞めて欲しい。
聞くに絶えない言葉を投げ掛けられた。
『嘘、嘘、嘘だ!』
私は彼の言葉が信じられなかった。
あの子が、あの純粋に……走る事以外に興味無さそうな、あの子が……宮園様がそんな事をするなんて……私は信じ無かった。
絶対に信じない……自分の目で見るまでは……彼の姿を確認するまでは、絶対に信じない……。
そう思った私は……陸上部を辞めた。
そしてその日から、宮園様の話を聞いてから、私は毎日塾に通い毎日勉強に明け暮れた。
城ヶ崎学園の高等部に入学する為に。
中学受験よりも遥かに難関の高校受験、恐らく全国トップクラスの学力が必要。
親にも、先生にもお前じゃ絶対無理だ。最初は笑って相手にされず、それでも入りたいと食い下がると、ふざけるなと怒られ……そう言われ続けた。
でも……私は諦めなかった。
彼に会うまでは、宮園様をこの目で見るまで……絶対に諦めない。
そう思い死に物狂いで勉強をした。
【体育科では落ちぶれたが、普通科に転科して、いまだに学校にしがみついている。】
陸上部を辞めたが彼の動向が気になり勉強をしつつ何度か大会に行っては城ヶ崎の陸上部の人に宮園様の事を聞く。
そして相変わらず苦虫を潰したような顔でそう聞かされた。
それならそれで構わない、
そんな彼をこの目で見れば……きっと諦めがつく。
……宮園様の悪口はもうたくさんだ。
私はそう思いそれ以来彼の事を聞くことなく勉強に邁進した。
そして……私は念願叶い城ヶ崎学園に合格を果たす。
遂に……遂に彼に会える……筈。
そう思った私はいてもたってもいられず、仮入部前日ひょっとしたら陸上部にいるのでは? と、放課後そっと競技場を覗いた。
綺麗な競技場だった。
まるで有名大学のような美しく整備が行き届いた競技場、トラックにはTURUGASIMAの文字。
トラックの中は天然の芝生が張られている。
「うわあ……綺麗」
こんなに綺麗なグラウンドを持つ部活に私の中で緊張が走る。
勉強勉強でずっと走ってなかった私が……全く才能の無い私が入部していいのだろうか?
でも、部員の人達を見ると、そんな不安は直ぐに消し飛んだ。
今はウォーミングアップをしているのだろうか? 部員の人達が個々に準備運動やランニングをしている。
厳しい感じ、堅苦しい感じはしなかった。
これなら入ってもいいかも……その楽しそうに練習している姿を見て私はそう思った。
そして……「いた!」 彼の姿を遂にこの目で確認した。
小学生の時よりも成長した彼、宮園様の姿を遂に……って……誰?!
彼の姿を確認した私は直ぐにその彼の前に座る超絶美少女の姿に釘付けになった。
「あれって……まる……ちゃん?」
白いトレーニングウェアに身を包んだ、元有名タレント、白浜円の姿がそこにあった。
「な……」
仲良さそうに芝生に座りながら話している二人の姿に……私の中で怒りが込み上げてくる。
私が必死で勉強している間に……。
そして今まで聞いた彼の噂話が頭の中で甦る。
「本当だった……んだ」
遊び人……女にだらしない……。
私の中で……彼への尊敬が憧れが、怒りに変わった瞬間だった。
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