第83話 信じてなかった。


「人をユニフォームフェチみたいに言って」

 心外だ! 僕は至ってノーマルだ!

 そう言い続けるも円は全く聞く耳を持たず、その後も旅行に着ていく服、バッグ等を買い続けていた。

 僕の言い分は全く円の耳には届かず、途中で言うのを諦め、円の買い物に黙って付き合う。

 そして、さっき食べたばかりなのに、最後もまた高級レストランで食事をする。


 まあ僕は元々体育会系、今も基礎トレーニングは続けているし、現役の時程体重も気にしていないので良く食べる方なんだけど、円も僕と同じくらいに良く食べる。

 それだけ食べても、美しいプロポーションを維持し続けている円、その栄養素はどこに言ってるんだろうか?


 吸収しないで全部出ちゃって……。

 正面に座る円をじっと眺めつつそんな事を考えていると。


「なんか失礼な事考えてない?」


「! い、いえいえ全然」


「──女子はトイレに行かないって知ってる?」


「そ! そうなの?!」

 マンションの便座が下がってるのを指摘しようとするも、円の殺意に阻まれ僕は別の話題に切り換えた。


 久しぶりの円との食事を終え、タクシーにて帰宅。

 もう時間も遅かったので今日はマンションには寄らずに帰ると伝えると、円はそのまま家までタクシーを使っても良いと言われた。

 でも少し歩きたかったのでそれを断り僕は円とわかれ、いつもの道を歩いて家に向かう。


 円へのお礼という意味で今日は買い物に付き合ったのだけど、荷物持ちも出来ない僕じゃあ買い物に付き合う程度では、今までのお礼にもならないってのはわかってる。


 いくら円が僕の足に対する罪滅ぼしだと言っても、早々甘えてばかりはいられない。まあ、お金に関しては甘えざるを得ないんだけど……。


 でも……僕は円といつかは対等な関係になりたいって……今はそう思っている。

 だから、円の希望は出来るだけ叶えたい。だから、円が提案した旅行には行きたいってそう思っているのだけど……。

 現状、円のマンションから帰るのが遅いだけで怒り狂う妹、円と旅行したいなんて言った日には……僕の身体か家かのどちらかが崩壊する事は必死。


 でも、とりあえず勉強する為に円のマンションにいく事は許可してくれたし、今日の買い物と食事も渋々許可はしてくれた。勿論負けず嫌いの妹、夏休みに買い物と食事に連れて行くって条件付きだったけど。


 だから、これからも根気よく妹に交渉すれば……2年後の卒業旅行くらいは許してくれるかも……知れない。


 円と旅行……。


 僕は思わず北海道での温泉を思い出してしまう。


 辛い感情と恥ずかしい思い、僅かだけど楽しい思い出が甦る。

 もしも今ならば、あの時の何十倍も楽しめるんじゃないかって思える。


「ダメダメ、僕はまだまだなんだから、夏休みが勝負」

 まだまだ勉強では下位グループどころか周回遅れの様な状態の僕。

 この夏休みで、なんとか追い付きたい。


 遊んでる場合じゃない、僕は気持ちを切り換えるべく頭を降った。



「先輩!」


「え?」

 そんな事を考えつつ歩いていると、家に着く直前、後ろからそう声が聞こえて来る。

 振り向くとトレーニングウェアに身を包み、大きなバッグを抱えた灯ちゃんがそこにいた。

 試合の日は基本的に制服又はトレーニングウェアで試合会場に赴く。

 バッグの中には、ウォーミングアップで汗をかくのでトレーニングウェア数枚、Tシャツ数枚、下着、シューズ、ユニフォーム、スパイク、ウインドブレーカー、ドリンクや食べ物等々を詰め込む為に大きなバッグが必要となる。


 ちなみにウインドブレーカーは他にカッパ、ヤッケ、シャリシャリ(笑)、なんて呼んだりする。まあ多分厳密には細かい違いがあるのだろうけど、僕は基本的に同じ物と解釈している。


 陸上での用途は、雨天時、汗をかきたい時、防寒等で、僕は試合や合宿の時は夏でも持ち歩いていた。


 陸上なんて靴やスパイクとユニフォームだけで用具はいらないなんて言う人がいるが、はっきり言って物凄くお金がかかるスポーツだと言っても過言ではない。

 靴もウェアも最先端、高機能、その素材からして最新で最高の物が使われていたりする。お金を掛けたらキリがないスポーツだと言って良いだろう。


 ちなみに下級生はこれ以外に競技場で使うテントやタープ、敷物、大きなドリンク入れと大量の水やドリンク、夏は大量の氷等も持たなくてはならない。


 野球部やサッカー部なんかは監督自らマイクロバスを借りて運転しているらしいが、現状陸上部には運転出来る者がいない、なのでうちの陸上部は上級生でもかなりの大荷物を持つ事になる。


 そんな重そうな荷物を持ちつつ俺の元へ駆け寄る灯ちゃん。

 大会を終え、恐らく一度学校に戻ってからここに来たのだろう。


 時間はもう夜、だけど今の季節は最も日が長いので、まだはっきりと彼女を見る事が出来る。


 灯ちゃんは俺を見るとまずは泣きそうな顔になった。

 そして近付いて来る途中で、怒りの表情に変わった。


「せ、先輩! な、なんで、なんで決勝に居てくれなかったんですか!」

 低い身長の灯ちゃんは僕を見上げながら睨み付けて来る。


「いや、まあ時間が時間だったし」

 当初予選落ちすると思っていたので、朝から競技場に行っていた。

 自分一人ならば慣れていたけど、円が一緒だった為に切り上げ帰った……とは勿論言えない。


「時間と私のどっちが大切なんですか!」


「いや、まあ……でも勝ったんでしょ?」


「くっ、け、決勝はフライングで失格に……」

 一瞬え? っと思ったが、灯ちゃんの口角がピクピクしている。

 彼女は喜びを隠せていなかった。


「あははは、僕の言ったスタート練習をしてフライングするわけ無いじゃん」

 どんなに強い選手でも、フライングをしたら勝てない。それどころか参加した事にもならない。だから灯ちゃんにはスタート練習だけはみっちりとやらせた。


「そ、それは……」


「勝ったっんでしょ?」


「──はい」


「おめでと、よかったね」

 僕は彼女の頭をそっと撫でた。

 すると彼女は僕の顔を見ながらボロボロと泣き始めた。


「……ふ、ふえええええええん、ご、ごめんなさいいいいぃぃ」


「え?」


「わ、わだじ、し、しぇんばいのごど、しんじでまぜんでぢだああああああ」

 少しづつ薄暗くなってきた住宅街の真ん中で、小学生にしか見えない灯ちゃんがわんわんと泣き始める。


 うわぁ……ヤバいはこれは、通報待ったなしだと、僕は慌てて彼女の手を掴むと、すぐそこの自分の家まで連れて行く。

 

 そしてそのまま急ぎ玄関の扉を開いた。


「お帰りお兄ちゃん……その娘、誰?」

 相変わらず(もう突っ込まない)僕の帰りを玄関で待っていた妹は、僕が手を引き連れて来た灯ちゃんを怪訝な表情で見る。


「え、えっと……袴田灯ちゃん?」


「なんで疑問形、お兄ちゃん……円よりはいいけど小学生のお持ち帰りは、まずいんじゃないかなあ?」


 灯ちゃんは小学生じゃないけど、円よりはいいんだ……小学生の方が。


 僕はおもわず、こめかみに手を添えた。

 後ろではわんわんと泣く灯ちゃん。

 前にはロリコン疑惑を持った妹。


 全く泣きたいのは僕の方だよ……。


 


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