第257話 失踪


『宮園翔トレンド入り』

『宮園×金原』

『拓人×翔じゃね?w』

『日本人高校生が9秒台だと?w』

『しかもまだ2年生だと?www』

『金原もコケなきゃ9秒台だったらしい』

『9秒台ストライカー爆誕?』

『いやいや年齢誤魔化してるんじゃ?』

『宮園翔は、見た目だとちょっと背が高い厨房』

『翔君かわゆすぐへへ』

『結婚して俺ともっと足の早い子供を作ろう』

『列に並べ』

『どうでもいいが、あの低いスタートに引く』

『超低空飛行だよな?』

『水鳥が水面スレスレを飛ぶ様な走りだ』

『ちな、表面効果滑走体と言う』

『エクラノプランかよ?!』

『何それ? kwsk』

『地面効果で飛ぶ飛行機、地面効果はクググれかす』

『カスピ海の怪物走法?』

『何それうける』

 動画がアップされ次々とネットに上がる翔君の名前。

 久しぶりに見た雄姿、そしてそれを称賛、一部不穏なその文字を見ただけで嬉しさが込み上げる。

 涙が出そうになる。


 彼は完全に復活した。

 過去の輝きを取り戻した。


 私の好きだったあの男の子にまた戻った。


 そしてそれを見た私は、自分がこんな弱い女なのだって自覚した。

 彼に会いたい、彼に逢いたい。


 今日私は記者会見を開く。

 イギリスにてアイドルグループの一員としてデビューするという……。

 でも、ある事をここでカミングアウトするつもりでいた。

 翔君の名前を見るまでは。


「円、どうかした?」

 マネージャーが私の表情を見て心配そうに話してきた。


「うん、宮園翔って名前をネットで見たらちょっとホームシックに……ね」


「ああ、なんか凄いらしいねえ、あの子」


「うん」

 私は嬉しそうにそう返事をした。

 ママとは違い、マネージャーは翔君の話題を出しても嫌な顔をしない。

 今唯一頼れる人物。


「スピーチの紙はこれね、ヘアメイクはそれで良い?」


「うん、大丈夫」

 ベテランマネージャー、もう大分前からの付き合い。

 痒い所に手が届く、英語力も堪能。

 今、私が信頼できる唯一の人。


 私はどうするか悩んでいた。

 このまま会見に臨んでいいものかと……。


 マネージャーには言っておきたい。

 ううん、言わなければならない。


 私は意を決し、マネージャを見つめて声を出そうとしたその時、スマホの音が控室に鳴り響いた。


「はい、あ、はい、大丈夫です、すべて問題ありません」

 マネージャーの声が一音あがり、直立で畏まりながらそう返事をする。

 相手は聞かなくてもわかる……。

「来週に全員で会見、そこでプロデューサーとして登場していただく事になります、はい、日本のマスコミは全てシャットアウトしての会見ですので問題ありません」

 マネージャーのその言葉にさっきまでの私の信頼がガラガラと音をたてて崩れていく。


 そうだ……いくら信頼していても結局この人はママの傀儡。

 私は今の自分の状況に、そんな当たり前の事をすっかりと失念していた。


 そして、そう思って瞬間私は一つの決断をした。


 このままここを出ていこう……。

 

 翔君……ごめん。

 貴方を少なからず巻き込もうとした私を許して欲しい。


 私がここから出ていけば恐らくスキャンダルとして報道されるだろう。


 まだ契約前なので違約金は今回の件だけになると思うが、私を使いママが芸能界に復帰する足掛かりはこれで完全に消えてしまう。

 ママには迷惑になるが、私がアイドルを無理やり辞めさせられた復讐として甘んじて受け取って貰おう。

 その代わり、ここからは一人で……。


 有名人となった翔君は今後も報道されるだろう。

 それを糧に、これから一人で……生きていく。


 ママからの電話を切ったマネージャーに私は言った。


「ちょっと外の空気を吸ってくる」


「え? もう時間が」


「わかってるって、ちょっとだけだから」

 私はマネージャーを安心させるべくにこやかにそう言った。


「……そうね、もうスタッフも入ってインタビュアーの方もスタンバってる、後は記者さん達が来るだけだから早めにお願いね」


「うん」

 私はそう言って持ち前の演技で笑いながら何事もなく部屋を出た。


 荷物はすべてホテルに置いてある。

 現在持ってる物は財布とパスポート……だけ。

 でもこれさえあれば、とりあえず当面はなんとかなる。


 私は身体一つでロンドンの街を歩く。

 行きかう車……目の前にはセントホール大聖堂。

 そこで一度止まると、私はその場で十字を切って祈った。

 今後と……翔君の幸せを強く祈る。


 神頼みなんて大嫌いだけど……今回だけはと。


 そして、バッキンガム宮殿方向に逃げるように速足で慎重に歩いた。

 そろそろマネージャーが気付く頃だろう。


 そう思った直後スマホが鳴り響く。


 私は画面を確認すること無くスマホの電源を切ると、そのままテムズ川に投げ込んだ。


 これでもう、私とは誰も連絡がつかなくなる。


 日本とは違い、周囲は誰も私を知らない。


 もう覚悟は決めた、さっきまでの不安はスマホと一緒にテムズ川に流れて行った。

 私は晴れやかな気持ちで空を見上げる。


 霧のロンドンは、私の今後を祝福するかの如く本日は青く晴れ渡っていた。


 




 



 

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