第161話 如月先生


 退院、そしてリハビリ……高1の冬はあっという間に過ぎていく。

 寒空の下、無駄かも知れないリハビリを俺は懸命にこなす。



 そして遂にギブスを外し歩く許可が出た。遂に日常を取り戻す許可が出たのだ。


「大丈夫?」


「……うん」

 恐々と歩く俺に円はそう声をかける。

 しかし俺の腕には触れない、介助する事は……もう無い。



 4月、円と再開して1年……。


 今日は妹の入学式だ。僕は円と二人で会場の後ろからそっと様子を眺めていた。


 足に何も着けずに歩くのは久しぶりだ。


 俺は遂に、杖も補助具も包帯もギブスもそして円の手からも解放された。


「ふふふ、天ちゃん緊張してる?」

 両親共に参加出来ない為、代わりとして俺と円が会場の後ろから妹を見つめる。

 

「まあねえ、ギリギリだったしね」

 生徒会に頼んで警備係として(まあ立っているだけだが)入学式に参加、俺は新入生である妹の父兄として一応は列席出来るけど周囲から浮くのが嫌なのと、円はさすがに参列するのは無理なのでこうして二人で後方入口付近から妹を、厳かに進む入学式を眺めていた。


 そしてお偉方の長い祝辞に退屈しつつ、俺は入試の結果発表の時の顛末をしみじみと思い出していた。



◈◈◈



 入試の結果発表、妹の受験番号は合格者の中には無かった。発表は学校のホームページ内、それを俺と二人リビングで見た時、妹は笑っていた。


「あははは、やっぱり城ヶ崎は私には無理だったか~~」

 県内トップの学校、特に高等部からの外部受験は熾烈を極める。

 特に外部入学組は国立医大を目指す者が多い。


 落ちても当たり前、そんな気持ちで合格なんてできるわけがない。


 間違いなく妹は本気だった。


 

 そしてその邪魔をしたのは間違いなく俺だった。


 丁度受験の時期、俺は手術のせいで学校を休んでいた為、その補習として、毎日課題に終われていた。


 出席日数ギリギリになる為一時は留年なんて話が出ていた。

 しかし担任や会長が怪我をしたのは陸上部での活動のせいで少なからず学校側にも不手際があったと粘り強く交渉してくれて、課題提出にて出席日数の代わりにしてくれる事になった。


 しかしそこは甘くない。俺にはとんでもない量の課題が届けられた。


 俺は厳しいリハビリをこなしながらその課題を提出する事になる。

 それには勿論円の助けが必要なる。


 しかし手術前から妹は俺が円のマンションに行くのを徹底的に拒絶していた。

 

 つまり一番大事な時期に毎日円が家に来ていたのだ。大嫌いな円が家にいるとなると、当然妹の集中力も低下する。


 俺はその結果を見て後悔した。やはり邪魔をしていたんじゃないかって……。


 いやそもそもこの1年間……妹に心配ばかり掛けすぎていた。

 円との事も……おれ自身の事も。


「ごめん……」

 俺がそういうと妹はへらへらしていた顔から一転、怒りに満ちた表情に変わる。

 そして俺をキッと睨み付けた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんのせいじゃない、ましてや円のせいでもないから! 私の実力が……無かっただけ……あいつなんかのせいじゃない……違うから」

 そう言うと怒りの表情から悲しみの表情に変わる。

 ……俺は黙って妹の頭をそっと撫でた。


「お兄ちゃん……う、うざいから」

 口ではそう言うも、俺の撫でる手を振り払う事なくされるがままの妹。

 

「……」

 俺は黙って妹の髪を撫で続ける。

 

「……お兄ちゃんの世話の必要は無くなりそうだし……丁度良かったよ」

 その言葉の通り、手術後のリハビリは順調だった。

 丁度妹の入学式の辺りで全ての装具を外し日常生活に戻れそうな段階迄来ていた。

 

 でも俺は、それが妹の強がりだってわかっている。


 悔しい……俺は心底悔しかった。

 

 子供だった自分の事が、もっと妹に色々してやれなかった事が、迷惑や心配ばかりかけていた事が、そんな自分が悔しくて仕方なかった。



 その時……妹……のスマホから『ピロン』とメッセージソフトの音が鳴る。


 妹は見ていた学校の合格者発表のページからメッセージソフトに切り替え内容を確認する。


 友達からの残念メッセージだろうか? 合格者発表は誰でも閲覧出来る。

 受験番号さえ知っていれば、合否は誰にでもわかるようになっていた。


「…………え?」

 妹はメッセージを読み一言呟くと慌てて学校のホームページに戻り合格発表のページを開く。

 そして……。


「お、お兄ちゃん……こ、これ!」


 妹は慌てて俺に画面を見せた。

 あまりに慌てた為、指が画面に触れてしまい何度か関係無いページを俺に見せる。

「落ち着けって」

 そう言うも妹は慌てて何度もページを開き直す。

 そして3回目、そこには妹の番号が……あった。


「え?」

 妹が俺に見せて来たのは補欠合格者のページだった。

 ベタベタだが妹は補欠合格していた。


 しかも……。


「な、なんかね……キサラさんが……もう辞退している人がいるって……だから……おめでとうって……」


 キサラさんからのメッセージで妹は補欠合格していると連絡が、しかも既に辞退者が出ている事も伝えて来たのだ。

 何でそんな事までキサラさんがわかるんだろう? ってのはあまりの嬉しさで吹き飛んでいた。

 

「お、おめでとう!」

 俺は妹にそう言った。

 嬉しかった。足なんてどうでも良いと、この場で飛び跳ねそうになるのをなんとか堪えた。


「……あ、ありがと……」

 妹は素直にそう言うと俺を見てニッコリ笑う……と、ポロポロっと涙を溢し同時に生まれたばかりの赤ちゃんのように顔をくしゃくしゃにした。


「う、うえええええええええええええええええん、うわああああああああああああああああああああん」

 そして目から鼻から決壊したかのように涙を鼻水を垂れ流し、そのまま俺のお腹に飛び付いてくる。


「やっだあああ、やっだよおおおおお、よかっだ、よがっだよおにいじゃんんんんん」

 

「あーーあ、汚いなあ……」

 そんな事微塵も思っていない。でも俺は照れ隠しで妹に向かってそう言った。

 そして今度は力強く頭を撫でた。

 よくやったと、思いっきりぐしゃぐしゃと頭を撫で回す。


「やっだあ、やっだあよおお、おにいじゃんやっだよおお…………」

 俺のお腹に顔を埋め妹はそう叫び続けた。

 そんなに俺と一緒の学校に行きたかったのか……と、俺はこの時猛烈に感動していた。


 そう……入学式後半までは……。



◈◈◈


「こんにちは新任の長津田如月ながつだ きさらです、元国立大学の医学部でしたので、国立や医学部を目指している皆さんに色々とアドバイス出来ると思います。宜しくお願い致しますね」

 そう言うと彼女は後方にいる俺と円を見つめ軽くウインクした。


「…………えっと……知ってた?」

 俺は前方壇上に立つ人物を見つめたまま円にそう聞いた。


「…………全然」

 円は呆れた声でそう言う。


「そっか……だよね」


「うん」

 俺と円は呆然と壇上を見つめる。

 いつもとは違い髪をまとめ、スーツ姿の真面目なキサラさん。


 そして、俺はそのまま彼女から妹に視線を移すと妹は今まで見たことの無い程の満面の笑みで如月先生に向けて音を出さずに拍手をしていた。

 驚く様子は微塵も無い、恐らく知っていたのだろう……。


 そして……俺は気が付いてしまう。


 つまり妹が号泣してまで合格を喜んだ理由が……俺と一緒に通えるからではなく……如月さんと同じ学校に行けるからって事だった事に俺は気が付いてしまう……。


「ふふふふ」

 そう思った時、隣の円が俺を見て笑った。


「な、なに?」


「なんか裏切られたって顔してる……天ちゃんが自分の為に頑張ったわけじゃなかったっていう顔してる」


「どんな顔だよ」


「残念なシスコンお兄ちゃんの顔かな?」


「俺はシスコンじゃねえ」


「ふーーん」

 疑いの目で俺を見つめる円、俺は誤魔化すように円の手を取った。


「え?」


「入学式はそろそろ終わりだから」


「え? うん」


「今度は二人で卒業式をやるぞ」


「卒業式? えっと……シスコンの卒業式って事?」

 

「だから違うってばぁ」


「じゃ、じゃあ……○○から卒業?」

 円は頬を赤く染めモジモジとしながらそう言った。


「ちゃ、ちゃうわ!」

 どどどどど……どう……いや、円が折角誤魔化したのだから、はっきり言うのはやめておこう。そう言えばそんな服も着てましたね……。


「俺の足! 怪我からの卒業式だよ!」

 

「あははは、知ってた」


「まったく……」 

 円の手を取り俺は歩き始める。

 彼女に支えられる事なく、彼女と同じ足取りで、彼女と同じスピードで。

 

 遂にここまで来た。俺はようやく彼女に並べた。


 でもまだだ。これじゃまだまだ足らない。

 

 ようやく始まった……失った物を取り戻しそして、欲しい物を手に入れる。

 

 それには……並んだだけじゃまだ駄目なんだ。


  



 

【あとがき】

体調不良で休んでおりましたm(_ _)m

現在リハビリ中、ボチボチ書きますので気長にお待ち下さい(´・ω・`)ヨロ~

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