第160話 ありがとう


 木々の葉が赤く黄色く色づき、木枯しに乗って落ち葉が舞い散る。

 

 そして狐の嫁入り……小雪がチラチラと落ち始め季節は完全に冬となった。


 俺は病室の窓際から外を眺めている。

 2度の手術は無事に終わった。

 しかし成功したかはまだわからない。かなり難しい手術だった事は間違いない。

 自分の知識を越える医療と技術、円の相当な努力が伺える。


 俺はそんな不安と期待が入り交じる複雑な感情で外を眺める。


 現実逃避をするべく外を眺める。


 現実逃避……するべく。



「ちょっと狭いんだけど、もっと広い個室用意出来なかったの?」


「せんぱーーい、メロン食べます? あーーん」


「かーくんお母さんからかーくんの大好物の差し入れ」


「ちょっと夏樹先輩、今私がメロンを食べさせる所なんですけど?」


「まーーどーーかーー私に触れるなああああ!」


「ハイハイ天ちゃん可愛い可愛い」


 そんな喧騒を余所に俺はメランコリーな気分で外を眺めている。

 ここは都内近郊にある病院、その個室。


 あまり大きくないその個室には5人の女子が集結していた。


「ちょっと入院中の世話は妹である私がやるっていってるでしょ?」


「あら、良いの? もうすぐ受験でしょ?」

 円は嘲笑しながら妹にそう言った。


「うーーわ、ほら見てお兄ちゃん、あの顔、あれがあいつの本性だよ!」

 妹は顰めっ面で円を指差す。お前の顔の方が怖いとは口が裂けても言えない。


「せんぱーーい、マッサージしてあげます」


「あらぁ、心配してるのよ?」

 円は表情を変えず、妹を小バカにしたような口調でそう言う。


「あんたに心配して貰ういわれはありません!」

 イライラとした表情の妹、相変わらず円嫌いは健在のようだ。


「せんぱーーい、今度はここをマッサージしてあげます」


「えーー入院まで毎日のように一緒に居たでしょ? もう私と家族みたいなもんじゃない!」

 左手を胸に当て右手を伸ばし、舞台女優のようにわざとらしくそう台詞を吐く円。


「せんぱーーい、ここもマッサージしてあげます」


「あんたのマンションにお兄ちゃんを行かせてると、危険だってわかったんで家で勉強するのを認めただけ、あんたは認めていないから!」

 妹は円から顔を背けてツンデレのようにそう言った。


「せんぱーーい、気持ちいい?」


「「っておい」」

 二人同時に灯ちゃんに突っ込んだ。てか、円の突っ込みを俺は初めて聞いた気がする。


「……はい?」

 

「あんたは何してる?」

 妹は俺の脇に座り俺の太もも辺りを触っている灯ちゃんに真顔でそう言う。


「え? ほら先輩まだ動けないから、マッサージを」

 なんの事? とばかりにすっとぼける灯ちゃん。

 


「翔君もなんでされるがまま?」

 続いて円は俺にそう突っ込んだ。


「えっと……なんとなく?」

 なんか構ったら負けな気がして……。

 寝たきりなのでエコノミー症候群の可能性も否定出来ないし……。


「お兄ちゃん最低~~」


「それと会長は何をなされているんですか?」

 円は返す刀で会長向かってそう言った。


「え? 洗濯物を畳んでるだけだけど?」


「何を女房気取りで?」


「や、やだあ円さん女房だなんて~~」

 会長は俺のトランクスで顔を隠しいやいやと顔を振る。


「はあ……」

 円はシリウスな展開を期待していた小説の読者のように深々とため息をついた。


「ふふ、あははははは」


「……先輩?」

 そんな皆を見ていたら、なんだか可笑しくなって来る。

 そして俺は思わず声をあげて笑ってしまう。


 しかも笑っているのに涙がポロポロと溢れ出す。


「か、翔君?」

「かーくん?」

「お兄ちゃん?」


「あはははははははははは」

 可笑しくて、とにかく可笑しくて……笑いが止まらなくなる。


 俺は円と出会い全てを失った。

 そして円と再開して失った物を取り戻して行った。


 妹や夏樹や会長との関係、灯ちゃんとの出会い。


 事故の後、病室にいたのは妹だけだった。

 その妹も悲痛な顔で、まるで腫れ物をさわるかのように俺に接していた。

 それはその後も続いた。

 

 それまでは陸上で周囲からちやほやされていた。

 事故の後、俺の周りから誰もいなくなった。


 それが今は……こんなにも人が居てくれる。


 今、悲痛な顔はどこにもない。


 それが嬉しくて、そして可笑しくて、思わず笑ってしまう。

 先の見えない場所、俺は今そんな場所から抜け出したって実感した。

 その安堵から思わず泣いてしまった。


 俺は笑いながら、泣きながら皆を見た。

 天、夏樹、灯ちゃん、会長、そして……円。

 俺の周りにこんなに人が集まるなんて思いもしなかった。


「ありがとう……」

 俺は皆にそう呟く。

 俺のその感謝の言葉に皆が微笑む。

 

 この手術に関してはそれぞれの考えがあった。

 でも最終的に俺の意見を尊重してくれた。


 だから……ここに来てくれて、俺を支えてくれて、俺の意見を尊重してくれて、そして……これからも見守ってください。


 そんな意味を込めて……俺は皆にそう言って感謝した。

 

 さあ、始まる……これから始まる。俺の新しい未来が、俺の新しいドラマがここから始まって行く。


 復活の狼煙をあげ、今始まった。





【あとがき】

少し進むペースを上げました。


天ちゃんや夏樹、会長と翔君の数話を 【この手術に関してはそれぞれの考えがあった。でも最終的に俺の意見を尊重してくれた】


で、カットしました(笑)(。-`ω-)スマンネ

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