第231話 存在意義
会長と二人で柔軟を行う。
足を広げ両手を持ち交代で引っ張り会う。
「皆は?」
「今日は休みにしたわ」
「そうですか……」
「ああ、只野さんの件は灯から聞いてる……バカねその場で解決したものを」
「え?」
「まあ、日頃の行いというかなんと言うか、過去の誤解をそのままにしておく貴方の行いの結果よね、というか灯もなんだかんだで貴方を疑っているのは……やっぱり円さんのせいか」
「──それって」
俺が詳しく聞こうとするや、柔軟を終えた会長は俺の言葉に被せるように立ち上がる。
そして俺に向かって今の状況を少し責めるように言った。
「誤解だってのは灯から聞いて直ぐにわかったわ、灯はまだまだ任せられないってのが今回の収穫ね、だから私が只野さんに説明しようって思ったけど、只野さんとは現状連絡がつかない状況よ」
「え?」
「携帯も繋がらない、家に掛けても誰も出ない、まあ……彼女もなんとなくはわかっているのだろうけど……まだ幼いのよ………………諦めつかないの」
会長はそう呟くと首を振り言葉を止める。
そしてトレーニングウェア姿の彼女は立ったまま俺の目の前で見せつけるように腕や足のストレッチを始めた。
「そ、そうなんだ」
とりあえず会長にはわかって貰えていると、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「でもね、そのこないだ迄中学生だった娘に誤解を与えるような行動をしている貴方にも非はあります」
俺が安心した顔をしたからか? 会長はまるで上司が部下に説教するように、俺を嗜めるように指を差しそうキツイ言葉を投げ掛けて来る。
「あ、はい……」
俺
「わかっているならいいわ、じゃあ練習が終わったら彼女の家に行きましょう」
「え? あ……はいすみません」
「あら随分素直ね」
「ま、まあ……そりゃ」
俺はそれだけ言うと、立ち上がり……練習を開始した。
頭の中で様々な事がぐるぐると回りだす。
色々ありすぎて理解が追い付かない。
優先順位がわからない。
円の事、学校の事、部活の事、後輩の事、同級生の事、先輩の事、自分の事、妹の事、試合の事、陸上の事、記録の事……将来の事。
走れるようになってから、一歩一歩踏み出すも、どこかふわふわとしている。
宮古島に居たときと一緒で、練習に全く身が入らない。
とりあえず……今日は只野さんの事をなんとかしなければ……。
それさえ済めば陸上部内が落ち着く。
それさえ済めば練習に集中出来る。
もうあまり時間がない……。
夏休みの間にどこまで追い込めるかが勝負なのだ。
俺は『パンパン』と頬を叩く。
そして、勢いよく宮古島の海のような青いトラックを走り始めた。
◈◈◈
滴る汗を拭い、冷えたスポーツドリンクで喉を潤す。
久しぶりに慣れた場所で練習出来た。
とりあえず予定の時間になったので、少し走ってクールダウンをし更衣室で制服に着替え外に出ると、既に着替えを終えた制服姿の会長が更衣室の前で待っていた。
「……お待たせ」
「じゃあ、いこっか……」
まるでデートに行くような、そんな顔の会長は少し嬉しそうに俺にそう言う。
しかしすぐに顔を真顔に戻すと会長の目線が俺の後ろに移動した。
その目線に連れられ後ろを振り向くと、そこにはキサラ先生が手招きをしている。
会長が近付くとキサラ先生は一旦会長から目を離し俺をチラッと見る。
「──えっと……ごめんなさい、校門で待ってて貰っていい?」
俺がいたらまずい話なのか? キサラ先生の視線に気付いた会長は俺にそう言うとこっちに背を向けこそこそと話を始めた。
「あ、うん」
その二人の姿に不安な感情が溢れる。
しかし今に始まった行動では無いと、その不安な気持ちは押さえ俺はグラウンドを後にした。
やはり、2年生から入部だからだろうか? 陸上部にとって俺はいまだにお客に近い状況だった。
しかも現在唯一の男子とあって話しにくい事もあるのだろう。
こんな事になっているのは仕方がないのだ。
俺は今まで出来るだけ自分が置かれている状況を考えないようにしていた。
元々は女子がらみでの事故で学校側や生徒に忌み嫌われ、俺の唯一の存在意義である陸上生命もそこではほぼ終わっていた。
そんな悲惨な状態で高等部に進学、他の高校に行っていればリセット出来たかも知れないが、俺のつまらない意地で高等部に進学。
そしてそんな状態であの白浜円とずっと行動を共にする……。
もうちょっと考えるだけで、こりゃ嫌われるわなって……今さらながらに自分でもそう思ってしまう。
そして円との交際宣言直後に、恋愛がらみで1年生を練習不参加に……夏休みじゃなければ不登校にさせてしまたって事だ。
更には南の島に逃避行……ああもう完全に終わっている。
よくも会長は俺を見捨てないものだと思わず感心してしまう。
「はあ……」
そして……何故それを考えないようにしているか、それは俺の中で考えてはいけないある事が浮かんでしまうから。
そう……全て円と出会ってからの事……。
そんな考えが頭を過る度に俺は首を何度も横に振る。
また自分の弱い所が滲み出てくる。
駄目だ、こんな考えがトラブルを起こしているのだと、そう自分に言い聞かせる。
そう言えば、円はどうしているのだろう……。
あれから陸上部のグラウンドに戻って来る事はなかった。
野球部のグラウンドからはからは「カキーンカキーン」と派手な打撃音が聞こえる。
グラウンドの中は見えない……マスコミとにわかのファン達で……。
かき分けてでも見たくも無い……そんな負け惜しみの言葉を飲む。
そして校門にたどり着くと……。
「あ!」
俺の今日の練習メニューを知ってるのだろう円が、丁度良いタイミングでそこに立ち俺を待っていた。
「お……おう」
何て声を掛ければ良いのかわからない俺は、思わずそう返事を返す。
でも内心は嬉しい、しかし少し悔しいからだろうか? その気持ちを隠し俺は普通を装う。
「…………」
「…………」
二人の間に妙な間があく……お互い何を言って良いのかわからないような空気が漂う。
俺から聞けば良いのだろうか? しかし何て聞けば……。
考える度に橋元の顔が浮かんで来て言葉が出ない。
そんな俺を見かねた円はニッコリと微笑みながら口を開いた。
「あ、あのね……」
「お待たせ!」
円が喋り出したと同時に後ろから最悪といってもいいタイミングで会長が声を掛けてくる。
思わず振り向くと会長は満面の笑みでこっちを見ていた。
楽しそうに、嬉しそうに……。
俺は再び円に視線を戻し、これから只野さんの家に向かう事を告げようとしたが、円は俺の顔を見るなり顔を強ばらせた。
多分俺は、まるで浮気相手とばったり出くわしたような気まずい顔で円を見ていたのだろう……。
「そ……か」
円は一度うつ向くとそう呟く。
「え?」
あまりに小さな声に俺がそう聞き返すと、円はまるでテレビカメラを向けられたような作った笑顔で俺に向かって言った。
「私たち……暫く距離……置こっか」
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