第182話 飛翔



「か、翔君は……あんな所で、なに、してるの?」

 その姿を見て私は会長にそう聞いた。


「見ての通りよ」


「み、見てのって」


「走り幅跳び、ロングジャンプね」


「は、走り幅跳び?」


「そう」


「な、なんで? か、翔君がなんで?!」

 私は動揺していた。今の状況が全くわかっていない。

 そんな私を見た只野さんは何故か翔君の事を、何故走り幅跳びに出場しているのかを準備してきたようにつらつらと話始める。


「今の状態じゃ走れないから……ううん、違うか……宮園先輩は100mじゃ通用しないからって言ってました」


「通用……しない?」


「はい……怪我をしなくても、自分の才能、体格では遅かれ早かれ100mじゃ通用しなくなるって……夏樹先輩には100mじゃ一生追い付けないだろうって、そう言ってました」


「ど、どういう事?」


「宮園先輩の目標は夏樹先輩、夏樹先輩に追い付く事」


「それは知ってるけど……それがどうして?」


「夏樹先輩は世界に行く、だから自分もって、でも自分の体格じゃ100では追い付けない、世界を目指せないって……それは怪我をする前から薄々気が付いていたって……」


「そ、それで?」


「はい」


「で、でもいきなりで跳べる物なの? もっと負担がかかるんじゃ?」


「先輩の利き脚って左なんだそうです。今までずっと使っていた左足」


「え?!」


「怪我の功名って事ですね」

 そう言って愛しそうに彼を見つめる只野さん。

 ずっと睨んでいたのに、ずっと憎んでいるようだったのに、まるで憑き物が落ちたように彼を見つめている。

 彼女は何を見たんだろうか? あの日に、あの秘密の練習と言っていた日に彼女はグラウンドにはいなかった。

 恐らく会長と共に翔君を見たのだろう。


 彼の走りは人を変える。

 でも彼女の会長のあまりの変貌ぶりを見るに……私は恐ろしくなってくる。


 一体この走り幅跳びで彼は何を見せてくれるのだろうか?


「か、翔君……跳べるの?」


 走り幅跳びはうちの学校にもしっかりと機材は揃っていた。

 短距離班の数人の女子が飛んでいたのを何度か見た。

 でも勿論翔君が跳んでいる姿は見た事は無い。


 それにしても……本当に翔君は跳べるのだろうか? 


 そして……いよいよ翔君の出番が回ってくる。

 

 翔君は真剣な表情で走路に立つ。

 少しの間を開け審判が白旗を上げた。

 それを見た翔君は手を1度上げ、左足を一歩足を踏み出すと、身体を何度か前後に動かし助走のタイミングをはかる。


 そしてまず2歩歩き一気にスピードを上げ走り始めるとぐんぐんと加速していく。


 これか……そうだ、学校で翔君はずっとこの練習をしていたんだ。

 

 翔君は100mを走っていたんじゃ無かった。この助走の練習をずっとしていたんだ。


 走り幅跳びの助走距離は多分約40m弱ぐらいだろうか?


 さっきの100mと同じように、ぐんぐんと加速する。



 しかし翔君は踏み切る事なく、そのまま踏切板を越え、砂場を走り抜けてしまった。



「クスクス、ダメじゃん」

「宮園翔も落ちぶれたね」

「さっきの100m12秒台だって? 俺より遅いじゃん?」


 さっきまで聞こえて来なかった周囲の声が今ははっきりと聞こえてくる。


 翔君は砂場の横で何度か頷き、手でタイミングをはかっている。


 そして再びスタート位置にゆっくりと歩いて戻って来る。


 私の目の前に翔君の姿が。


「やっぱり……格好いいなあ……」

 隣の只野さんがポツリとそう呟いた。

 うん……そうだ、その通りだ。


 さっきもそうだった。ユニフォーム姿で競技場をフィールド内を歩く彼の姿はとても格好いい。

 姿勢よくそして重力を感じさせない綺麗な歩き方。

 他の誰よりも、この陸上競技場が似合っていた。


 細くて長い手足、引き締まった身体、芸能界時代に似たような体型の男の人は沢山いた。


 でも、翔君とは全く違う。翔君はアスリートの身体……。

 

 そう、彼は格好いい、世界で一番格好いい。


 もうこうなったらとにかく跳んで欲しい……私の元から飛び立って良いから……。


 私は心の底からそう思った。


 そうだ、そうなんだ……私の元から飛び立っても、追いかければいいんだ……どこまでも彼を追いかければいい。


 今までもそうして来た、これからもそうすればいい。

 逃がしはしない……だから跳んで、お願い……。


 私は両手を握りしめ、そして祈った。

 今度こそは……って……。


「翔君……翔君……」


 そして再び翔君の跳ぶ番が来る。


 翔君が再び手を上げて身体を前後に揺さぶった。

 私はスタンドから翔君に向かって精一杯に声を出す。

「いけえええええええええええええええええ! とべええええええええ!」

 周囲の事を気にする事なく、腹の底から心の底から大きな声でそう叫んだ。


 声量なら誰にも負けない。アイドル時代にファンの人に向かって散々叫んだように……今度は私のアイドルに向かって思いっきり叫んだ。


 助走を開始しようとした翔君の身体が一瞬ピクリと動く、そして、その声の主が私だとわかったのだろうか? こっちを見ずにニヤリと笑った。


 翔君は真っ直ぐに正面を見つめたまま、またゆっくりと2歩歩くと一気に加速する。

 

 一歩一歩、いや、一完歩一完歩と言った方が良いだろうか?

 美しい競走馬の如く走り出す。


 そしてそのままトップスピードに乗ったその時、また翔君の身体がブレ始める。

 

「あ?!」


 また駄目かと私はそう思ったがそれは直ぐに間違いと気付く。

 だって見た事無かったから、翔君のそんな姿見た事無かったから。


 翔君はさっきみたいにぶれたのではない。踏み切り間際で身体を少し沈めたのだ。そして左足を踏切板にたたきつける様に踏むと……そのまま大きくジャンプした。


 彼の身体がゆっくりと宙に浮かぶ。身体を思いっきりそらせ空を飛ぶ。


 羽の生えた馬が……天馬が空を駈けていく。


 その姿に辺りが再び静まり返る。

 いつまでも落ちてこない翔君の姿に、空を翔ぶ姿に誰もが魅入られる。

 

 私も……。


 翔君は反った身体をゆっくりと前に押し出す。

 両手と両足が前に揃う。

 そして、そのまま……砂を舞わせ美しく着地した。

 

「か、翔君……」

 彼は跳んだ、ううん、跳んだのではない飛んだ。背中に羽を生やし……空を翔けた。


 天馬が……大空を翔け抜けて行った。



「「おおおおおおおおおおおおお」」

 静寂を突き破るように歓声が上がる。

 翔君は両手を上げた……ようだったが、その姿は私にはよく見えなかった。

 また涙がこぼれ落ちて彼がよく見えない。


 見なくては、どんな時でも見続けるってそう決めたのに、涙で曇って彼の姿がはっきりと見えない。


 駄目、ちゃんと見なくちゃ……私は袖で何度も涙を拭いた。でも、次から次へと涙が溢れ出て止まらない。

 

 私が必死に涙を拭いていると、突然ガチャガチャとマイクの音がして場内の放送が入った。


「え、えっと、只今もの凄い記録が出たようなのでお知らせします。 え、えっと122番城ヶ崎学園の宮園 翔選手が、え? これ本当に……、し、失礼しました。えっと、走り幅跳びで8m13cmの高校新記録が誕生しました。」


「「どわああああああああああ!」」

 場内が大きくどよめく。高校生8mジャンパーの誕生だと騒ぎ始める。

 

 私は必死に涙を拭いて、翔君の姿を探すと、翔君は私の見ている直ぐ真下にいた。そして、私に向かって叫び始める。


「まどかあああああああ! どうだああああああ!! 見たかあああああ!!」

 

「うん、うん」

 私は何度も頷いた。涙を堪えて何度も頷く。

 そして辺りを見回す、直ぐに翔君の元に行きたいと階段を探すと、只野さんがこっちと手招きをしていた。


「ありがとう」

 私はそう言って案内された階段を降りフィールド内に入る。

 そして……翔君の元へ歩み寄る。


 うっすらと格好いい翔君のユニフォーム姿が見えてくるが、近付くにつれ、私の目から再びボロボロち涙が溢れ出る。 格好いい姿を見たいのに……はっきりと貴方の顔が見たいのに……格好いい貴方が見たいのに……。


 私はその場に立ち尽くす。

 もう何度も泣いている……多分顔はボロボロだろう。

 彼にこんな顔……見せられない。


 そう思っていると翔君が私に向かって再び大きな声で叫んだ。


「見たか! もう、俺は大丈夫だ! だからもうお前の世話にはならねえ!」


「え?」

 私はその言葉を聞いて呆気に取られる。 そして自分の耳を疑った。

 今この人はなんて言った? このタイミングで? あまりの事に私は翔君にそう言って聞き返す。


「もう……もう円の世話はいらない……」


「な、なんで……」

 なんでそんな事言うの? なんで今言うの? わかっていたけど、酷いよ、私はさっきまでの嬉しさが一気に吹っ飛んでしまう。


 そして怒りがこみ上げてくる。涙がピタリと止まる。


 そして、ようやく翔君の姿が顔がはっきり見えてくる。


 翔君は真剣な眼差しで私を見ていた。


 そして、再びゆっくりと私との距離を縮めると、私の目の前でじっと私の目を見たまま言った。


「これからは俺がお前を守る……だから俺と……付き合って欲しい……愛してる円」


「「えええええええええええ!?」」

 周囲がざわめく……私が白浜円だってバレているからだろうか? それとも日本記録を出した直後の告白だからだろうか? 


 でも……だけど、それでも……私の怒りは収まらない。

 なんでそんな言い方するの……なんでこのタイミングなのって、私はそう思い彼に向かって言った。


「嫌よ! 絶対に嫌!」


「「ええええええええええええ!」」

「「うおおおおおおおおおおお!」」

 再び周囲が沸き上がる。


「え? えええええ? な、なんで?」

 翔君が驚きの表情で私を見ている。 ふん、私が素直に告白を受けるとでも思っていたの?

 ざまあ見なさい、私を怒らせるとこうなるのよ……。


 そして私は彼に向かって大きな声ではっきりと言った。


「嫌よ! 付き合うなんて嫌……もうそんなんじゃ嫌……こんなに、私をこんな想いにした責任を、今度は翔君が……翔君が責任を取って」


「せ、責任」


「私と……結婚して!」

 私はそう言うと彼に飛び付く、そして彼の首に自分の腕を回し彼を強く強く抱き締めた。


 そうよ、私は人生全てをかけ責任を取ろうとしたのだから、今度は貴方が責任を取る番、貴方の、翔君の人生全てをかけてくれないと……嫌よ。


「えええええええ?」

 翔君は一瞬戸惑うようにそう言ったが、直ぐに私を強く抱き締めてくれた。


 周囲の喧騒を気にする事なく、私と彼は強く抱き締めあった。


 彼から、その鍛えられた身体からほんのりと汗の匂いがする。

 

 そして同時に心地よい風と共に、夏の香りがしてくる。


 もうすぐ夏が始まる……彼の好きな、そして私も好きになった。


 二人の大好きな夏が……また、やって来る。


 

(完)?

 



【あとがき】

ブオン(っ'-')╮=͟͟͞(完)


すみません まだ止めません|д゜)チラッ(笑)


自分の小説は読んでくれる人に終わりを委ねています。

読む人がいなければ終わらせますが、どうやらこの作品は読んでいる人がそこそこいるらしいと聞きますΣ(゜◇゜;)ホントウカ?


なのでここで終わりで良いって思う方は本文の通り完結って事で、ブクマを外して下さいませ。

あ、その時は評価(レビュー)を是非ともお願い致します。


この後は蛇足というか、ただの恋愛物になります(笑) タイトルどうしよう(笑)

内容は円の色々な事の回収と二人のイチャイチャがメインとなります。


恐らくはのんびりと書く事になると思うので、気長にお待ち下さい。

商業だとこうはいかない。これがアマチュアのいいところ(笑)

はい、ただの負け惜しみです(笑)( ;゜皿゜)ノシ


では、去って行く方は1年以上のお付き合いありがとうございました。作者の次回作をご期待下さい。


残っていただける方、円と翔君のイチャイチャを一緒に楽しみましょう。


恋愛物って、付き合ってからが一番好きなのよね(  ̄ー ̄)ノフフフ(笑)

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