第124話 君の事が好き


 暗闇の中鋭い視線が僕の胸に突き刺さる。

 彼女の視線が僕の心に突き刺さる。

 

 その射るような視線が僕の胸を心を精査している。

 隠している僕の闇を燻り出そうとする。


 でもわかっている……彼女が何を言いたいのか、僕にはわかっている。

 この心の中にある熱い部分と冷たい部分が一体なんなのか……僕にはわかってしまった。


「ふ……」

 そんな僕を見て、何も言えない僕を見て彼女は笑った。

 いや、笑ったのではない、苦笑したのだ。


 今、何を言ってもそれは嘘になる。

 今、何を言ってもそれはただの言い訳。


「復讐……なのかもしれません……ただキサラさんの言ってる事は復讐にはなり得ない」


「それは何故?」


「わかってるんでしょ?」


「貴方の口から聞きたいわ」


「……言いたくありません」

 僕は彼女を睨み付けそう言った。でも恐らく彼女からは僕の顔は見えていない。

 

「ふーーん、まあいいわ、それでどうするの? ずっとこのまま?」

 彼女は視線を外し何故か少し残念そうに窓の外を見た。

 今日は満月なのか? 外からの月明かりが一層彼女を照らす。


 その横顔を見て、昼に見た円の顔と彼女の顔が頭の中で重なる。

 彼女はそれなりに年を取っているのか? 可愛いというよりも美しいと言った方がしっくり来る顔立ち、しかしさすがは元アイドルその横顔の美しさは円と殆ど遜色なかった。


 そして、その横顔は……どことなく円に似ていた。


「それは……」

 僕は答えを模索したしかし適当な言葉が思い浮かばない。

 そんな僕に彼女は追い討ちをかける。


「円は天ちゃんのスペア? まあ兄妹なんだからずっと一緒になんていられないからねえ」


「……」

 そんな事を思った事はない……でも僕はそう言われても仕方がない事をしている……のかも知れない。


 かといって、どっちかを切るなんて、出来るわけない。


 今の僕にそんな事、出来るわけ……無いんだ。


「……ごめんね、私は部外者だもんね……今は……今の事は忘れて……じゃあもう寝るわね、おやすみ~~」

 キサラさんは笑顔で手をヒラヒラさせて僕の横を通り過ぎる。

 今は? 言い直した彼女の言葉に違和感を感じ、その言葉の意味を聞こうとしたその時、どこからか水の音がした。


「外?」

 僕は彼女がキッチンから立ち去るのを確認し、そのまま意識を外に向ける。

 キッチンの窓からは庭とプール、さらにその向こうにはビーチが見える。

 そしてそのプールに人影が。


 僕は勝手口にあるサンダルを履きそのまま外に出た。

 外に出るとさらに大きくパシャパシャと水の音が聞こえてくる。


 やはり誰かがプールで泳いでいる?

 

 僕は草木が繁る庭の小道を抜け、その先にあるプールにたどり着くとそこには……天女がいた。


 天女の羽衣伝説。

 水辺で水浴びをしていた天女、その天女のあまりの美しさに見とれた男は天女が着ていた羽衣を隠してしまう。

 羽衣が無く天に帰れなくなった天女は、羽衣を隠した男と夫婦になるという話……だったと思う。


 もしこれを僕たちに当てはめると、天女が円、羽衣を隠した男は僕……そして羽衣は……僕の足って事になる。

 ただこれだと僕の足の怪我は嘘って事になる。

 円を天に、芸能界に帰したくなかった僕は羽衣(怪我)を隠して今、円と一緒にいるって事になる。

 

 もし怪我が嘘だとしたら……僕は正直に話して円を帰したのだろうか?


 物語では羽衣を見つけた天女は夫と子供を残し天に帰って行った。

 そうだとすると、円は僕の前から去るのだろうか?

 いや、羽衣は一生戻らないのだから、一生一緒にいるって事になる。


 もしも僕の足が治り、円が僕の前からいなくなったら……。


 僕はそんな事を考えながら、プールの端で立ち尽くし呆然と泳ぐ円を見つめていた。

 

「ひゃ! しょ、翔くん?」

 月明かりの元、プールサイドに立ち尽くす僕を見つけた円は小さな悲鳴を上げた。

「何してるの?」

 僕がそう聞くと、円は水の中で顔だけ出して不適な笑みで僕を見つめる。

 

「なんか暑くるして、あと夜なら日焼け気にしないで泳げるから」

 円はそう言い僕の所まで泳いで来ると、そのまま水から上がりプールサイドに腰を降ろした。


「ワンピースなんだ」

 円は紺のワンピース、競泳用の水着を着ていた。


「ああ、だって翔君が来るなんて思ってなかったから」

 あのセパレートの水着は僕に見せる為に着ているって円は言っているんだろう。

 円は僕を見ずに顔を手で拭い、そのまま長い黒髪を軽く絞った。

 円から水飛沫が周囲に飛び散る。それが月明かりに照らされキラキラと輝く。


 そのあまりの美しさに、天女の様な美しさに、僕は涙がこぼれ落ちる。


 そして、僕は唐突に言った。いや、言ったというよりも口からこぼれ落ちた。


「僕は……君が好きだ」

 僕がそう言うと彼女はゆっくりと斜め後ろに佇む僕を見上げる。

 そして僕の顔を見上げ笑いながら言った。


「うん、知ってる」

 その円のあまりの悲しそうな笑顔を見た瞬間、ずっと隠していた思いが溢れ出す。

 円は知っているのだ、僕の気持ちを全部わかっているのだ。


 僕の心の中にある相反する気持ちを、熱い部分と冷たい部分の二つを……円は知っている。


 だから言った。僕の本当の気持ちを……。


「僕は……それと同じくらい……君を、円を憎んでいる」

 ポロポロと溢れる涙と一緒に、僕の心の中にある醜い感情が、恨みが、後悔が言葉と共に、涙と共に溢れ出す。


 円はゆっくりと立ち上がると、泣いている僕を優しく包み込んだ。


「それも……知ってるよ」 

 子供の様に泣く僕を母親の様に抱き締める円。


「だから言ったのに……私は君と一緒に居ていいのって」

 昼にそう言われた時、なんとなくわかってしまった。

 僕の心の中を僕でさえわからなかった、理解しなかった、したくなかったこの気持ちを……円はずっとわかっていた。


 円と一緒いると楽しい、僕は円が大好きだ。多分初めて会った時からずっと。

 

 でも彼女は僕から全てを奪った……僕自身を……奪った原因。


 僕はそれと同じくらい……この好きな気持ちと同じくらい。


 ずっと円を憎んでいる……好きな気持ちと同じくらいにずっと彼女を憎んでいる。

 

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