第125話 同じくらい
円の濡れた身体が僕の身体に密着する。
僕の着ているTシャツがじわじわと濡れていくのがわかる。
密着する冷たい身体がお互いの体温でじわじわと温かくなる。
ドキドキする心臓、円の鼓動か僕の鼓動なのか? わからないくらいに……。
円の濡れた髪が僕の肩口にハラリと落ちたその時、僕を抱き締める円の腕の力が強くなり、そして。
「てええええええい!」
「…………ええええええええ?」
円が叫ぶと同時に僕の視界が移動する。
一瞬月が見えた、綺麗な満月が……そして次の瞬間僕はプールの中に落ちていた。
「がぼがぼぼぼ」
落ちていく水の中、さっき見えた月が水面にゆらゆらと漂う。
トンと背中が底に着くと、そのままゆっくり浮上していく。
円の身体が水の中から見えた。一緒に飛び込んだのだろう、水中からでもわかる美しいスタイル、綺麗な身体……しかし水面には、僕が飛び込まれた波紋のせいで美しい顔が歪んで見えている。
それはまるで僕の心の中を写す鏡の様だった。
相反する思い、好きと嫌いの狭間。
愛しいと憎いが交差する。
羨ましいと妬ましい気持ち。
そして……同情と恋。
僕に、僕自身に恋して欲しい、同情なんてされたくない。
でも今の自分じゃ恋なんてされない。
円を繋ぎ止めるには同情されるしかない。
ゆっくりと水面に顔を出す。
同時に新鮮な空気を一杯に吸い込んだ。
「お帰り」
自分で叩き落としておいて、その言い方は無いだろ? しかも僕はさっき円に恨んでいるって言ったのに、なんでそんなに満面の笑みなんだ?
月と彼女が重なる。
水面からの反射でぼんやりと彼女の顔が見えた。
満面の笑みの円の顔がほんのりと赤く染まっている。
なんでだろう? なんで笑顔なんだろう……僕はあんな事を言ったのに。
あんな酷い事を言ったのに。
あの事故での円はきっかけに過ぎない。
会わなければなんて、ただの逆恨み。
憎いなんて酷い事を言ったのに、僕を見てなぜこうも笑顔でいられるんだ?
プールに浮かびながら、僕の目からまた涙が溢れ始める。
「なんで、なんでそんな顔するんだよ?」
僕の口からまた恨みのような言葉が溢れた。
「なんでって?」
質問に質問で答える。ずるい、また僕に言わせる気なのか?
「だって……僕はあんなに酷い事を」
出会ってからの数ヶ月、円は僕に尽くしてくれた。
僕と一緒に死んであげるとまで言った彼女に僕はさっき恨み言を言ったのだ。
最低なのは分かっている。
でも、それでも円は笑顔でいる。
聖女の様に接してくれる。
一体彼女はなんなんだ?
僕は反転して立ち上がる。
胸まで浸かったプールの中で円に対峙する。
僕は彼女を睨み付ける。
彼女の目をじっと見つめる。
本心が知りたい……円の本心が。
僕が睨むと円の顔が一瞬歪んだ。
今まで見た事の無い顔……なんだろうか? 子供を見る様な、いや、もっと小さな赤ん坊に見とれる様な楽しそうな、嬉しそうな顔……。
何故まだそんな顔を……そう思ったその時、円はさらに顔を真っ赤に染め思いもよらない言葉を紡いだ。
「え~~~~だってえ、翔くんに告白されてえ、嬉しくてえ~~」
自分の顔を両手で抑え、いやんいやんと肩を横に振る。
「は? え? こ、ここここ告白?!」
「私の事が好きってえええ、えへへへへ」
「ええええええ?!」
「知ってたけどお、でもお、まさかはっきり言ってくれるなんてえ」
なんだなんだ? 円のキャラが変わったぞ? 円ってもっとキリッとしたキャラじゃなかったっけ?
いや、そうじゃない、そっちじゃない。
いや、それも言ったけど。
「いや、言ったけど僕は円に酷い事を」
「えーーなんの事~~」
「は?」
「好きって言葉が強烈過ぎてええ」
「いや、待って待って」
僕はさっきの事を思い出す。いや、確かに言ったよね? 恨んでるって言ったら円は知ってるって……。
「あはははは、嘘よ、ちゃんと聞いたからそんな真剣に悩まないで」
聖母から普通の少女? にジョブチェンジをしたのって位のキャラの変わりように僕は戸惑った。
そんな僕から視線を反らし、円は空を見上げそして月を見上げる。
「翔くんはね、好きと同じくらいに憎んでるって言ったの……それが嬉しくて」
「嬉しい?」
「そうだよ!? 同じだよ! 同じくらい好きって! えへへへへへ、そっかあそんなに私の事好きかあ」
「いや、えっと、ええええ?」
何がなにやらわけがわからない、え? 僕そんな事言った? いや、言ってないよ、僕は同じくらい恨んでるって……あれ? それって同じ事? えっと……それはつまり、死にたくなるくらい辛い目に遭わされ、僕の人生を変えられた恨みと同じくらい……僕は円が好きって事に!?
「うりゃ!」
「うわ!」
円は唐突に僕の顔目掛けて水をかける。
「なんで服着たままプール入ってるの?」
「いや、円が落としたんだろ?」
「しらなあい」
「ふーーん……そっか、じゃあ食らえ!」
僕は知らん顔する円に向かって両手で水をかける。
「ぷはあ、両手は反則!」
「しらなあいよ~~」
服を着たままプールで泳ぐとか、それなんて青春? って感じで僕は誤魔化す様に円に背を向けて泳ぎ始める。
「待てえええ!」
円はそう言って水面を叩く様にバシャッバシャッと凄い音を鳴らし出す。
振り向くと、バタフライで僕を追いかけて来た。
「ば、バタフライっていやいや、キャラ違うでしょ?!」
僕は慌ててクロールで逃げようとするも、円に追い付かれ体当たりで水の中に沈められ、そのまま水中で円とじゃれ合う。
ヤバい、気持ち良くて死にそう……色んな意味で
その後二人でバシャバシャとじゃれ合っていると突然窓が開き「うるさああああああああい」と叫ばれた。
僕と円はプールサイドの側の離れで寝ていた寝間着姿のメイドさんに思いっきり怒鳴られる。
「「す、すみません……」」
深夜1時……僕と円はスゴスゴとプールから上がると、顔を合わせ苦笑いを交わし、何事もなったかのようにお互い部屋に戻った。
こうして……僕の告白はうやむやに終わった。
そして……翌日見事風邪をひいた僕はそのまま最終日まで寝込む。
妹は上機嫌で勉強が進み、僕は勉強に関してはたいした成果を感じずに沖縄勉強合宿は終わりを迎えた。
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