2部3章 進展

第126話 ここから紡ぐ新しい物語


 初めて会ったあの公園で、貴方は光輝いていた。

 美しく走る姿、陸上の事はわからない、でも貴方の後ろからキラキラと光輝く軌跡が私には見えた。


 でもそれは一瞬で消え去ってしまう。


 私のせいで。


 そして……貴方を再び見た時、あの光は影も形もなくなっていた。


 落ちぶれた姿に私は愕然とした。

 うつむき、杖を持ち歩く姿、彼から光る物は全くなかった。


 それどころか、淀んだ影の様な物が彼を覆っていた。


 諦めという名の影、彼は陸上を諦め、走る事を諦め、そして人生を諦めかけていた。


 私は彼の為に、彼の側に居ようってそう思い、彼と同じ高校に入学した。


 でも、今思えばそれは失敗だったと言わざるを得ない。


 あの事故は、走れなくなってしまった事は、彼のトラウマ。

 そして私も……。


 私が現れる事によって彼の中にあるトラウマが大きくなった。

 黒いモヤが、淀んだ影がさらに大きくなった。


 そんな彼をギリギリで支えていたのが妹さんだった。


 彼の妹……天ちゃん、彼女はわかっていたんだろう、私は彼のトラウマだって事を。


 だから私が現れた事に彼女は激怒した。


 ギリギリで耐えていた彼の前にトラウマの元凶が現れたのだから。

 ずっと注意深くお兄ちゃんの面倒を見てきた妹としては、怒り狂うに決まっている。


 でも、多分私が現れなくても、早かれ遅かれいつか彼は限界を向かえてしまっていただろう。

 妹さんを、親御さんを置いて一人で……。


 そんな寂しい思いはさせたくない……だから私は彼と一緒にってそう思った。

 

 それが責任を取るって事だって、でも微かな希望もあった。


 だから賭けに出た。

 彼に選んで貰った。


 私は彼の判断を尊重する。

 元に戻る事は出来ない。同じ輝きを取り戻す事は出来ないのだから。


 そして彼は乗り越えた、あの黒いモヤも霞みも今は消え去っている。


 でも、私に対する嫌悪感はより大きい物になった。

 

 なったって……そう、思っていた。


 でも、彼は言った、はっきりと言ってくれたのだ。


 私の事が好きって……え、えへえええぇぇ。


 おっと今はシリアス展開だった……。


 これでも一応元アイドル、自分の容姿が人よりもいいって自覚はある。


 彼が私の顔や身体に興味を示していた事は知っていた。

 だからそれを利用したりもしていた。


 彼と一緒にいる為に、彼の側に居るために。


 彼と一緒に居たいから。



 彼は私の気持ちを同情だと思っている。

 私はそれを決して否定しない。


 そして肯定もしない。


 好きか嫌いかなんて曖昧だから、彼だってそうだ。

 私を好きなくらい私を憎んでいるのだから……。


 

 今はそれでいい、ううんずっとそれでいい。

 私から彼には何も求めない。


 全ては彼の為に。


 

『We will be landing at Narita Airport in about 15minutes』


 後15分で成田に到着するという機内放送が流れ出す。

 窓の外を覗くと雲を抜け千葉のゴルフ場が見えてくる。


 今回は空振りに終わった……でも私は諦めるわけにはいかない。


 

 

 

◈◈◈




「じゃあねえ~~」

 夏休み終了間近、妹はミニスカートにタンクトップという、露出しまくりの格好で嬉々として家を出る。


 それをじとっとした目で見送る僕……。


 沖縄から帰って来た後も、妹はキサラさんとちょくちょく連絡を取り合っていた。

 そして今日はお泊まりデートとのたまい、家を出ていく。


 そして僕はというと、円に放置されていた。


 いや、別に喧嘩したわけではない。

 用があるからとだけ言われ、夏休みの宿題という膨大な課題を出され、一週間程放置されているだけ……。

 

 そして今日、円と一週間ぶりに会うのだ。


 それを聞いた妹は「はああ、やっとか~~」と、ため息をつき、そしてすぐにスマホを取り出しメッセージを送ると、嬉しそうにキサラさんに会いに行った。


『なんだか最近妹が僕に対してぞんざいな気がするのだが。』


 どこかの妹好きが書く新作ラノベのタイトルの様な思いが頭を過る。

 なんだろうか? 僕が円と会うのをあれほど嫌がっていた妹なのに、沖縄から帰ってくると僕の扱いが適当になった。


 それどころか僕の面倒を円に押し付け気味にまでなっていた。

 帰って直ぐ『えーー今日家でご飯食べるの?』とまで言われるしまつに。


 僕と円の関係はただの他人だ。

 そんな気楽に夕飯を毎日食べる仲じゃない。


 今のところは、まあ……友達? といっていいレベル、あんな告白して友達なんておこがましい気もするけど。


 なので僕はあまり円に依存したくない、誰かに甘えなければいけないなら、やはり身内にって、そう思っている。


「とりあえず行くか……」

 妹を見送ると、僕も直ぐに準備をして家を出る。

 そして一週間ぶりに円のマンションに向かった。


 鍵は持っているので円がいなくてもマンションには入れるが、もしだよ、もし万が一にでも円が……その……誰かと居たりなんかしてるのを見たら……。


 いやいや、そんな事ある筈がない……のか?


 兎に角今日からまた勉強の毎日が始まる。

 円がいなかった一週間だけど、なんとか課題は終えた。



「さあやるぞ!」


 そう思いながら円のマンションの扉を開くと、そこには……。


「あ、やっと来た、さあお祭り行くよ~~」

 浴衣姿の円が笑顔で玄関に立っていた。


「えーーーー」

 ピンクで蝶柄の可愛らしい浴衣姿、髪は大きなリボンで結んだツインテールで赤い眼鏡、変装しているからってのはわかるけど……。


 ロリ過ぎない?


 いや、それよりも……。


「べ、勉強は?」


「お祭りから帰ってからね、今夜は泊まりでおけ?」


「い、いや……妹が」


「あら妹さんはキサラの所でしょ?」


「知ってましたか……」


「じゃあいいね、さあ行こう!」

 何が良いのか全くわからないが、円はそんな僕を気にする事なく玄関に用意してあるピンクの鼻緒の下駄を履くと、僕の手を取りそのまま玄関の外に出る。


「私……初めてなんだよね、お祭り」

 嬉しそうにそう言って僕の手を取りニッコリ笑う円、その容姿からなんだか母性本能ならぬ父性本能が呼び起こされる。


 昔はよく行っていた、妹と夏樹と3人で……。

 

 遠くから祭囃子の音が聞こえる。

 怪我以来こういった場所には行っていない。

 

 

 とりあえず最後の夏休みって事で楽しみますか。


 宿題は既に終わっているので決して繰り返す事はない、高校1年の夏休みがもうじき終わりを迎える。


 

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