第127話 裏開催


 遠くから派手な鐘の音と共に太鼓や笛の音が聞こえる。


 近くからはいつの時代から使っているのか? 間延びし音程がぶれている祭囃子音が流れている。


 地元では有名な某踊りのお祭り、そしてここはその裏開催となっているこじんまりとした神社のお祭りだ。

 

 神社自体はあまり大きく無いが、本開催から流れてくるお客目当てで、屋台の数は多く、神社から溢れ周囲の道路に迄及ぶ。


 花より団子、踊りよりも屋台とばかりに、いつも人が溢れていた。


 しかしまだ早い時間、踊りも始まったばかりなので、まだそこまで人は多くなかった。


「はい、手~~」

 本開催が始まったばかりだというのに、かなりの人混みだった。

 円は周囲の歩くスピードよりも遅い僕にそう言って手を差し伸べる。

 

 ひんやりとした円の手を僕は躊躇う事なく掴んだ。


 人混みをかき分け、子供の様に……見た目の通り小学生の様に僕の手を引きつつ興味深々で屋台を眺める。


 円は言っていた通り、本当にお祭りが初めての様だ。


 まずは何を買うのか興味深く様子を見ていると、円はお面と風車のお店で微妙に似ていない月よりの使者のお面を買い、嬉しそうに頭の上に斜めに着けた。


「どう?」


「え! いや、えっと……可愛い?」


「なんで疑問型?」

 可愛いは可愛いけど、一応高校生が着ける物じゃない様な、でも今の見た目は小学生だし……ひょっとしたら変装のアイテムとしてなのだろうか? 等々と色々考えてしまう。


 円は一瞬膨れっ面で僕を見るが、直ぐに笑顔を取り戻し再び辺りを見回す。


「ねえねえ、あれって?」

 円の指差す方にはリンゴ飴屋があった。


「リンゴ飴だね」

 見たままに僕は言う。

 と、言うのも今まで食べた事は無い、見た目のインパクトは凄いんだけど、なんとなく食べにくい気がする。


「うーーん、買う!」

 そう言って意気揚々と円は屋台に向かっていく。

 なんだか最近円が生き生きとしている。

 夏休みに入って特にそうだ。何か目標でも見付けたのだろうか? そしてそんな姿を見てなんだか僕も嬉しくなった。


 円は持っていた和柄の手提げから財布を出しお金を払う。

 屋台のおじさんからリンゴ飴を受けとると、僕の手を取り人混みを避け境内の隅に赴く。

 少し暗いその場で円はツインテールの髪を後ろに払い、リンゴ飴のビニールを外すと、暫くじっと見つめる。


「なんか勿体無いなあ」

 そう言いつつ、リンゴ飴の様な色艶の美しい唇から赤い舌を出し、ペロリとリンゴ飴を舐めた。


「あまーーい」

 顔がパッと明るくなる。

 そしてチロチロと何度か舌を出しぺろぺろと舐めると大きく口を開き一口噛った。


「ん?」

 小さな口で何度かリンゴ飴を咀嚼すると円は戸惑いの表情を浮かべた。


「ど、どうしたの?」


「……な、なな、生!」


「生?」

 僕が円の言葉を復唱すると円はその風体通りに可愛くコクコクと小さく頷く。

 

「ほら!」

 円は自分が齧ったリンゴ飴の断面を僕に見せつける。

 みずみずしいリンゴの断面、リンゴ飴って生のリンゴに飴を付けただけだった。


「へーー知らなかった」

 てっきりオーブンかなんかで柔らかくしてるって思っていたので円の驚きも僕にわかった。


「翔君も知らないんだあ、そっか、じゃあ一口どうぞ」


「え!」

 円は自分の齧った断面を僕に向けたままニッコリ笑う。


「……ええ? あれえ、間接キスとかって思っちゃってる? 翔くん可愛い~~」

 人を子供みたいに扱う円、いや今子供っぽいのは円の方だから!


「べ、別に気にしないよ、陸上部の時とかスポドリの回し飲みとか普通だったし!」

 精一杯強がると僕は差し出されたリンゴ飴を思いっきり齧った。

 カリカリの飴とサクサクのリンゴが口の中で混じる。


「美味しい?」


「あははは、なんで疑問型?」

 正直リンゴと飴を別々に食べた様な味、でも口の中で混ざると丁度いい様な不思議な感覚だった。

 円はキョロキョロと辺りを見回しながらリンゴ飴を舐めたり齧ったりしている。

 正直思う……円が今小学生の様な格好で良かったと、その……円の舌があまりにも色っぽいので……思わず。


 僕はブンブンと頭を振った。

 

「どうしたの?」

 わかってやっているのか? と言うほど無頓着にリンゴ飴を舐め回す円……ここでもし注意したら『何を考えてるの?』って言われるのは確定的に明らかだった。


「べべ、別にい、僕も何か食べようかなって」


「いいよ好きなの選んで」

 円は片手で器用に財布を取り出す。


「そ、それくらい自分で出すよ」


「誘ったのは私だし遠慮しなくていいのに」

 いつも出して貰っている、この間の旅行もそして日頃の食事も……だからといってそれが当たり前って僕は思いたくなかった。

 円と比べれば家の生活は裕福とは言えない。

 小遣いだって恐らく普通以下だ。


 でも、だからといって……数百円単位まで、遊びまで円に依存するのは嫌だ。


 たった数百円だけど、せめてそれくらいは……。


 僕は円をその場に待たせたこ焼きを買いに行く。昔からの行列のお店。

 石畳を慎重に歩き列に並ぶ。

 焼けたソースと鰹節の香りが食欲をそそる。

 丁度焼けた所だったので列が一気に進む。


「円も食べるかな?」たまには僕から円にと思いたこ焼きを2つ買うと袋に入れて貰い円の元へと戻ると……円の前に二人組のチャラチャラした男が立っていた。


「うあ、や、ヤバい」

 しまった……円を一人きりにさせるとか何を考えているんだ。

 いやそんな場合じゃない……危ないのは円じゃなくてあの二人だ。

 円が切れたら大変な事になる。

 それでなくともここは昔から揉め事ご法度な場所で、喧嘩なんかしよう物なら……怖いお兄さん達に連れていかれてしまう。

 今までも何度かそんな現場をん見てきた。

 更には騒ぎなって、もしこの娘の正体が円だってバレたら……マスコミ沙汰になってしまう。

 

 僕は慌てて3人の元へ歩み寄ると……。


「あ、来た! おにいちゃーーん」


「お、お兄ちゃん?!」

 円はいつもと違う歩き方でヒョコヒョコと僕の元に近寄ると、そのまま左手に腕にしがみつく。



「おおお、良かった迷子かと思ったよ」

 一瞬険しい顔をしたチャラいお兄さん二人は、直ぐに安心したような笑顔に変わり僕と円を眺めている。


「えっと……え?」

 戸惑いつつ僕はしがみつく円を見ると、彼女の身長がいつもよりかなり小さく見えていた。

 さっきまでは小学校高学年くらいなのに、今は中学年、いや低学年にまで見える程だった。

 恐らくだけど円は浴衣の中で膝を曲げ更には肩や腰を折り身体を綺麗にくねらせ自分の身体を相手に小さく見せているのだ。


「駄目だよ夜にこんな所で小学生の妹さんを一人にしちゃ」


「す、すいません」


「危ないから気を付けてな~~」

 二人のチャラチャラしたお兄さんは手をヒラヒラと振ると僕達の前から去っていく。意外にいい人達だった。


「ごめん一人にして」

 僕は円に謝った。


「ん! 怖かったよお兄ちゃん!」

 しかし円は小学生の、そして妹の演技のまま止めようとしない。


「えっと……とりあえず、たこ焼き食べる?」

 

「うん!」

 天使の様な笑顔で僕に密着したまま、円は大きな声で返事をする。

 

 円の変装が凄いのは化粧や、衣装だけじゃなくこの演技力が凄いからだと僕は実感した。

 歩き方、仕草、しゃべり方、声質、果ては体型、体格、身長に至るまで、全て変えているのだ。

 

「おにいちゃーーん、お兄ちゃん? お兄ちゃんってばあ」

 境内にある大きな石に腰掛けて、たこ焼きを食べながら僕をからかう円。


 そしてそんな円にお兄ちゃんと言われ……その演技力に魅了され……僕はなんだか良い気分になってきてしまう。

 最近、いや怪我をして以来妹は僕に甘えてくる事はなくなったから。

 

「お兄ちゃん、ふーふーしてぇ」

 そう言って甘える円に僕がふーふーすると……。


「あーーん」

 ああ、もう一体なんなんだ? この円可愛すぎるだろ?

 たこ焼きを口に運ぶと「ハフハフ」と熱そうに頬張った。


「じゃあ、お兄ちゃんにも、ふーふー、あーーん」


「……ご免なさい」

 もう色々と限界だった……。


「あはははははは、翔君のシスコン、ロリコン!」

 うん、そうですね僕はシスコンのロリコンでした。

 そう言うと円は妹からいつもの姿に戻った。


「全く翔君は……どんだけ好きなのよ、天ちゃんの事……」

 円は空を見上げ小さくそう呟いた。


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