第172話 灯の誘惑


「せーーんぱい?」

 

「ん?」


「お姉ちゃんと何話してたんですか?」


「え? ああ、練習メニューとかスケジュールとか……」


「とか?」


「……いや、それだけ」


「ふーーん」


 最近女子のユニフォームが色々と言われている。

 その一つが陸上のユニフォーム。

 ご多分に漏れずわが校もセパレートタイプでヘソだし水着タイプのユニフォームだ。

 トップはやや幅広で背中がクロスになっている水着タイプで、こちらは全員ほぼ同じタイプの物を使用。パンツはピッタリとしたハイレグタイプの物とストレッチ素材のランニングパンツの物から選択出来る。


 空気抵抗の事を考えるとハイレグのピッタリタイプなんだけど、実際には殆ど差はないと言われている。

 

 多分見慣れない人が見るとぎょっとするだろう。

 女子高生がほぼ水着を着てトラックを走る姿に……。


 ちなみに今、俺の目の前にいる灯ちゃんは勿論前者のハイレグタイプだ。

 ついこの間迄中学生だった灯ちゃんが、そんな格好のまま俺の目の前でしゃがんでいる。


 こんな可愛い女の子がそんな姿で目の前にいたら、ロリコンや一般人なら間違いなく興奮状態になるだろう……。


 しかし俺はプロなので、全く問題は無い。 あーー良かったプロで……この件に関して突っ込みは不要だ。


 皆とは別メニューの俺は(そもそも男子なので練習メニューは別)会長と話をした後、出来る限りのスピードでウォーキングをした。

 ここで特に問題がなければ来週からジョギングが開始出来る。

 今のところ全てが順調に進んでいる。


 俺は自分の膝をいたわるように、芝生の上に座るといつものようにストレッチを始めていた。


 その時、ずっと視線を感じていたが、一応新入部員扱いだからか? 今までずっと近付いて来なかった灯ちゃんがレペテーショントレーニングの休憩の合間を狙い、俺に近付いて来る。

 そして会長との事を切っ掛けにそう話しかけて来たのだった。

 

「先輩って遂に……円……さんとつきあい始めたんですか?」

 確か灯ちゃんも妹同様円をあいつ呼ばわりしていた気がするが、そこは体育会系、先輩を立ててか? 部活中はさん付けでそう呼ぶ。


 そして、ど直球でそう聞いてくる。


「いや、まだ……じゃなくて」


「まだ……か、ふーーん、つまり付き合う気はあるって事か」


「いや、えっとね」


「円さんに告白はされたの? それともしたの?」


「されては、いや、だからあのね?!」


「似合わないと思います!」


「……え?」


「先輩と円さんは……似合わないと思います!」


「な、何で?」

 俺は少し慌ててそう聞く。


「だって相手は有名人ですよ? 先輩って陸上以外で目立つの嫌いじゃ無いですか?! あんな目立つ人とは、デートだってろくにいけない……って、ま、まさか?! 先輩は円さんと付き合ってデートにも行かず、外にさえも行かず部屋で二人で引きこもって……ずっとエッチな事ばかり……まさか……既にしてるって事ですか?!」


「しないから! へ、変な事言わないで」


「うわあああ、ベッドの上でリハビリと称して押し倒して」

 

「……さいてい……」

 灯ちゃんの大きな声のせいで、偶然? 後ろを通過した新入生の只野さんが軽蔑の眼差しで俺を見ながらそう言った。


「いや、違うから!」

 俺はそのまま歩いて行く彼女に後ろからそう声を掛けるも、そんな俺の声など無視するように振り返る事なくその場を後にする。


「あーーあ……先輩陸上部にも敵が」

 

「あーーあじゃないよ!」

 俺の安住の地をこれ以上奪わないでくれ。


「まあ……でもあの娘なら問題無いよ」


「何でだよ?」


「先輩を見る目がさあ、私と同じだから……かな?」


「俺を見る目?」


「うん、同じ……まあそれは良いとして、先輩今度の日曜日久々にデートしません?」


「は?」

 コロコロと話が変わる灯ちゃんに、俺は思わず転けそうになる。


「だから、デートしましょって言ったの」


「いや、だからな、何で?」


「好きだから?」


「え? あ、ありがと……え?」

 そして唐突に告白される。


「先輩わかってます? 冗談とかじゃないんですけど?」


「いや、でも……」

 その言い方は冗談にしか聞こえない。


「そもそも前にデートが途中になってるじゃないですか?」


「あ、あれは……」


「ね? いいでしょ?」


「いや……」

 そう言われればと……俺は灯ちゃんの押しに負けそうになる。

 そもそもこうしてはっきりと「好き」なんて言われれば悪い気はしない……。


「……灯さん、皆待ってますけど」

 俺が灯ちゃんに返事をしようとしたその時、背後からアルカイックスマイルの円がそう言って声を掛けてくる。


 円がこの表情をしている時は要注意だ。


「はーーい」

 円の言い付けというよりも、先輩を待たせている事がまずいと思ったか灯ちゃんは素直に言うことを聞いてスタート位置に走って行く。


「全く……」

 円はそう言ってため息混じりに灯ちゃんを見送るとさっき灯ちゃんが座っていた所に正座をした。


「えっと……」


「優柔不断、鈍感、バカ……」

 頬を膨らませ円は俺にそう言った。


「酷い言われようだ……」


「酷いのはどっちよ」

 円はそう言うと芝生を数本抜き俺に投げつける。


「……ごめんて」

 俺は飛んできた芝生を手で払うと円にそう言った。


「ふん」

 円は不機嫌そうに横を向く。膨れっ面でも不機嫌でも、可愛いとかどんだけ無敵なんだよ。


 その円の姿を見て、「円と俺は似合わない」と言った灯ちゃんの言葉が俺にのし掛かる。


 やっぱりかと……俺はこんなにも可愛く美しい円を見て……改めてそう……思わされた。

 

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