第220話 宮古島合宿3日目その2(イチャイチャが止まらない)


 薄暗い中ずっと隣で眠る円を眺めている。


 こんな光景が現実になる日が来るなんて、テレビで円を見ていた時は夢にも思わなかった。


 もしも……もしも俺が事故に遭わなくて、あのまま陸上を続けていたら……円に出会う事は出来たのだろうか?


 仮に100mで高校記録を出したとしても、多分無理だろう。

 世界トップクラスにでもならない限り、いや、仮になったとしても円と接点を結ぶ事にはならない。


 遠回りしたけど……でも全ては必然だった。


 ベッドから、布団から、身体中から……円の甘い匂いが漂う。

 窓から明るい光がゆっくりと射し込み、少しずつ周囲が明るくなって来る。

 俺はそっと自分の手を眺めた。


 まだ生々しい感触が手に残っている。


 そしてさっき見た夢の罪悪感が俺を襲う。

 ほんとにこれで良かったのだろうか?


 真っ白い特大の紙を汚してしまったような、そんな罪悪感だった。


 そしてそれとは裏腹に、優越感と幸福感も同時に沸き上がる。


 今は俺以外は見られない円の寝顔をこうしてじっと見ていると、幸福感が罪悪感をどんどんと上回って来る。


 俺はそんな幸福感に包まれ、円の顔をもっと見たいとそっと顔にかかっている髪を手でどけた。


「ん………………ひう!」

 俺がつい触ってしまった為に、円は目を覚ましてしまう。

 そして俺を見るなり、驚きの表情に変わった。


 ちょっとショックだった。

 もっとこう、幸せそうな表情で「おはよ」って挨拶してくれるって思ってたから。


「……ひうって」


「だ、だって……は、恥ずかしい」

 真っ赤な顔で布団を掴むと顔半分を隠し俺をじとっとした目で見る円。


「ま、まあ……俺もちょっと恥ずかしい」

 

「……あと……ほんと……がっかりだったよ」


「ええええ? な、何が?!」

 唐突な円のセンシティブな発言に俺は焦って聞き返す。


「翔君って……もっと優しいって思ってたからなあ、ああいう時だけ男らしいって、どうなの?」


「そ、そんな……だ、だだだ、だって必死だったからで」


「まさかねえ……はあ」

 円はさらに布団に潜り込みこれ見よがしにため息をついた。


「ひ、酷い!」


「酷いのはどっちよ! あーーあ」


「あーーあって……そりゃ俺もちょっと夢中になりすぎた感は否めないけど、でも初めてなんだし……」

 どんな時でも優しく俺を労ってくれる円から、まさかのダメ出しを食らう。


「一生の思い出があれかあ……まあ、ありって言えばありかも」

 円は俺を見てシャキーンとした表情に変えそう言う。


「な、なんで?!」


「一生言えるからねえ、お前さんが宮古島の時にしたことはあたしはまだおぼえてるぅからねえ、って」

 円は顔をくしゃっとさせ、お婆さんのような声色でそう言った。

 いや、全然お婆ちゃんじゃないし、そんな顔でも可愛いとか反則だし。


「ま……円!」

 俺はそんな円があまりに愛しくて……つい思わず……。


「きゃ! か、翔君! ま、またそんな……、あ、朝ごはん……が……」




♡♡♡




「……ごめん」

 

「……体育会系の人って……こうなの?」

 真っ赤な顔で息を切らしながらため息混じりに円は俺に向かってそう言う。


「いや、わかんないけど……とにかく……ごめん」


「やだ許さない」


「ええええ」


「そうね、じゃあさ今日1日私と遊んだら、許してあげる」


「許してあげるって」


「ふーーん嫌なんだ、私があんなにやめてっていったのに……ううう、酷い人」

 円は乱れたシーツを掴み身体に巻き付け、しくしくとわざとらしく泣き始める。

 

「いいい、言ってない、言ってないだろ!」

 俺はベッドから落ちるように降りると、正座をしながら円の言葉を否定した。

 パンツ一枚で正座とかもう……。 

 ただこれだけは言っておく、円はやめてとは絶対に言ってない!


「まさかこんな……何度も何度も……」


「うぐ! それは……すみません」


「じゃあ、今日は休養日でいいよね?」


「……はい」

 初日移動日でしかも雨、二日目の午前中はそこそこ練習したけど午後はプールで遊んだようなもの、そして3日目は円に付き合う為に休養日、明日は帰るので練習は出来て半日、宮古島合宿とは?


 そう思ったけど……でも、円が喜んでくれるならそれでもいいかと俺は……。


「ひう!」

 俺の返事に布団から出た円は、シーツを身体に纏いカーテンを開け外を眺める。

 ちょうど太陽が登り、窓から日の光が円を照らす。

 その姿に俺は思わず声を出してしまう。


「……よくいう、散々見た癖に」


「いや、違、くない……」

 一瞬、円の背中から血が噴き出しているような錯覚に陥った。

 もちろんそんな事はなく、綺麗な背中を俺に見せつけている。


「じゃあ、ちょっと遅くなったけど朝食にしよっか」

 円は日の明かりを背中に俺に振り向く。

 真っ白いサテンのシーツを頭から被る円が聖母に、いや……ウエディングドレスを着る花嫁の姿に見えた。


 俺は立ち上がると、円の元に歩みよりそして……キスを……しようとした所で円は俺の顔を掴む。


「あーーさーーごーーはーーん!」



「……はい」

 イチャイチャが止めらない……。





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