第219話 宮古島合宿3日目その1(天使の寝顔)


 青い海が彼方まで広がる。


 青い空と青い海、その間に白い雲が浮かぶ。

 雲が無ければ海と空の境がわからない情景に思わず息を飲む。


 そして少し離れた海の上に黒い物が見える。


 逆光に目を細めそれを見ると、青い海の上に黒髪の美しい少女が佇んでいた。


 その少女は何も身に付けてはいない。


 その形の良い膨らみを隠すことなく少女は海の上歩き始めた。


 遠浅の海か? と目を凝らしもう一度見ると、少女の白く美しい背中に大きな羽が生えているのが見えた。


 そう、その少女は人間ではなく天使だった。


 天使は白鳥のような白い羽をゆっくりと羽ばたかせ、海面を歩くように飛んでいく。

 遊んでいるのだろうか? スキップするように海面に足を着けながら飛んでいる。


 あまりの幻想的な光景に俺は我を忘れその場に佇んでいた。



 しかし、その判断は間違っていた。

 この世にあらざるものに出会ってしまったのだ。


 直ぐにその場を離れなければいかなかった。

 しかし俺は彼女に魅了されてしまった。


 

 少しだけ海に足をつけていた天使は、失敗したのか? バランスを崩すように海面に膝下まで入れてしまう。


 同時にそこから大きな波紋が水面を広がっていった。


 その波紋はどんどんと大きく広がり波に変わった。


 その波はさらに大きくなり俺の近くで巨大な高波と変わる。


 俺はあっさりとその波に飲まれ海の底に落ちていった。


 がぼがぼと口から空気が漏れ海面に登っていく。


 俺はなすすべなくあっという間に海の底に沈んでいった。


 明るく美しい世界から一転暗く冷たい海の底。

 俺はもがくことなく、そのまま海底に寝そべった。


 天国から地獄に……ってそう思った。


 でもここが本来自分のいるべき場所……このまま冷たい海の底で死を受け入れる……ってそう思ったその時、一筋の光が差し込む。


 俺はその光に思わず手を伸ばしてしまう。


 その俺の手を、さっきの天使が握りしめた。


 その瞬間……天使の羽が水圧に耐えきれず木っ端微塵に砕け散る。


 天使の背中から血が吹き出し海水が赤く染まった。


 天使は痛みをこらえ俺の手を握りしめ、海面向かって泳ぎ始める。


 このままでは二人とも……と、俺も必死で泳ぎ始めた。


 そして……そのまま二人で抱き合い、海面に浮かび上がる。



 俺は海から顔を出しおもいっきり空気を吸った。


 新鮮な空気が肺の中に入ってくる。


 手足が痺れるような、そんな快感が全身を包んだ。


 俺と天使はそのまま抱き合っていた。

 すると背中に回した手が生暖かく感じ、ふと見ると手には真っ赤な血がべったりと付着していた。


 俺は慌てて天使の顔を見る。


 天使は何事もなかったかのように俺を見て微笑んだ。

 

 血だらけの身体に砕けた羽、天使は二度と飛べないと俺はそう悟った。


 俺はまた天使を抱き締めた……俺の為に……そう思い彼女を強く抱き締めた。


 

 その時……目が覚めた。



 高く白い天井、ここは宮古島のホテル……俺の部屋、ベッドの上。


 そう……これは夢だった。



 ゆっくりと辺りを見渡す。

 カーテンは昨日と同様に少しだけ開いていた。


 窓の外は暗く、まだ夜明け前だ。


 昨日は午前と午後の練習を終え、夕食を食べ……。


 俺はその後のことを思い出す。


 そして……ゆっくりと顔を横に向けた。



 俺の隣には、さっき夢で見た裸の天使が……目を閉じて、俺の腕にすがり付くように静かに寝息をたてていた。


 





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