最終章 円と俺と……の未来
第249話 明暗
夏合宿から3ヶ月が経った。
たった3ヶ月で陸上部は劇的に変化していた。
お姉ちゃんは今年の高校女子記録を打ち出し、走り高跳びは『小笠原穂波』『川本夏樹』の二人で今年度高校記録1位2位を取る。
更に高校女子駅伝では初の都大路に出場、3位入賞を果たした。
宮園先輩は走り幅跳びで日本記録を更新、さらには100mで10秒01を叩き出し、嘗ての栄光を取り戻していた。
それに伴い宮園先輩目当てで女子陸上部の部員が増え、更には男子陸上部員も戻って来た。
「わあ、宮園先輩だあ」
「え? ああ、おおお、格好いいい」
「ほらほら、ウォーミングアップの途中でよそ見しないで」
「はーーい」
現在私は新入部員の教育係をお姉ちゃんから命じられ、宮園先輩目的に入ってきた部員を纏めていた。
そう、今や先輩は学校だけでなく、全国でも有名になりつつあった。
小学生での活躍、そして怪我からの復帰、それらをテレビに取り上げられ、ファンが急増。
野球部の橋本勇と陸上部の前園翔は現在城ヶ崎の2大スターになっていた。
私は新入部員達とグランドをランニングしながらまだ3ヶ月ちょっとしか経っていないあの夏合宿最終日日の事を思い出していた。
♕♕♕
暑い日差しで照らされモヤモヤとした陽炎が沸き上がるその向こう、ゴールと同時に転ぶ先輩を見つめる。
その先輩の姿ははっきりと見えない……陽炎のせい……ではなく私の涙で。
酷い走りだった。
まるで足の遅い子供のような姿だった。
躓く寸前のようなスタート、低すぎる走り方、バランスの悪い足運び、右足と左足の歩幅も違う。
足の遅い子供がゴール寸前で転ぶ寸前のような走りだった。
あの美しい先輩の走りは見る影もなく、私は途中まで悲しくなっていた。
でも、隣で走っているお姉ちゃんをグングンと引き離す。
そしてそのまま最後までその差が埋まる事は無かった。
「先輩……先輩先輩、翔先輩」
奇跡の走り……そうとしか思えなかった。
多分お姉ちゃんは自己新で走っていた。
スタートも完璧だった。
途中迄はいつでも抜ける、そう思った。
お姉ちゃんも恐らくそう思っていただろう……でもその差は最後まで縮まる事は無かった。
あの酷い走りで……どうして、私はピストルを持ったままゴールした先輩を見つめる。
そしてその答えが直ぐに浮かんだ、と、同時に涙が溢れ出す。
子供のような走り……そう先輩はただただ走りたかったのだ。
大好きな100mを、大切な人よりも好きだと言った100mを走りきりたかったのだ。
走り方なんて関係ない、美しい走りなんてくそくらえとばかりに、走り始めた子供のように、無邪気に走り切ったのだ。
勿論わかっている。
先輩がなにも考えていないわけはない。
今の自分の状況から100mを走り切る方法を考えての結果なのはわかっている。
持てる知識と技術を全て集めた結晶なのも。
でも、私にはそう見えた。
私は持っていたピストルをその場に落とし、先輩の元に走った。
ああ、可愛い……格好いい、走り方なんてどうでもいい。
その無邪気に走る姿がまた更に好きになってしまった。
抱きしめたい、先輩を抱き起し、そのまま……ギュって。
そう思いつつ幸せそうな顔で仰向けに寝転ぶ先輩に近付く。
しかし、私が手を差しのべようとしたその瞬間、またもや美味しい所をお姉ちゃんに持っていかれる。
「あああああ! おおお、お姉ちゃん!! ま、またああああ!!」
お姉ちゃんはわたしよりも先に先輩に手を差し伸べ、起き上がらせるとそのままふらつく先輩を抱き留めた。
そして先輩の背中越しに私を見て、ペロっと舌を出す。
「お姉ちゃん! ずるいいいいいいいい……!!」
♕♕♕
そのお姉ちゃんは、記録を出して直ぐ高校での陸上生活に終止符を打つ事になる。
大学受験もあるが、それよりも連日押し寄せるファンとマスコミの対応で生徒会長のお姉ちゃんが奔走しているのだ。
ただ押し寄せるマスコミはこの二人を目的にしているわけでは無かった。
そしてお姉ちゃんはその対応に苦慮していた。
翔先輩のインタビューで必ず問われる話がある。
「前園君は白浜円さんとお付き合いしているって噂があるんだけどそれは」
インタビューの最後に必ずそう問いかけられる。
「申し訳ありませんが陸上以外の質問は避けていただけますか?」
その翔先輩は全く隠そうとしない為に、必ずお姉ちゃんがマネージャーのように側で待機してあの冷酷な表情でそう言って質問を遮っていた。
そして、マスコミの目的は質問に出ている円さんではなく母親で女優の白浜縁だった。
彼女は今大スキャンダルの渦中にいた。
有名俳優との不倫や未成年に対する不適切な行動、大手所属事務所との金銭トラブル。
そして未婚の母である彼女、白浜円の父親が誰かというのが現在最大の話題となっていた。
某有名メジャーリーガーや、某有名俳優、ハリウッドスターの名前もあがっている。
城ヶ崎を休学している白浜円はどこへ? という週刊誌のタイトル。
先輩もそんな記事が出ている事を知っている。
しかし合宿での夜以来円さんの事は口に出していない。
聞けば答えてくれるだろうけど、誰もそれを聞こうとはしない。
今の先輩にとって円さんとの事は足枷にしかならない事を知っているから。
でも……先輩はどう思っているんだろうか?
以前とは異なり周囲とコミュニケーションを取りながらウォーミングアップをしている先輩を横目でチラチラと見ながら私は近い未来を憂いでいた
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