第248話 見るも無惨な姿
晴天の霹靂とはこれを言うのだろう。
私の横に宮園翔が立っていた。
100mのスタートに向けて集中している最中、突如彼が走る準備を始めた。
1年前程前、数十メートルで転んでしまっていた彼が、一緒に走るなんて何の冗談かと思ったが、走り幅跳びで高校記録を出した彼が今さらそんな冗談で走る筈はない。
そしてこれはある意味私に対する挑戦なのだとそう理解した。
いくら男子であろうと、怪我人に負けているようでは高校日本一なんて無理。
私は受けて立つ、そう思いスタートに向けて集中する。
彼は以前見たのと同じルーティンでスタートラインで何度か屈伸をし、そして2回スタート練習をするとスパイクの紐を結び直す。
私もいつも通りのルーティンで準備を整えた。
妹の灯が緊張の面持ちでピストルを構える。
思えば彼と走るのは初めてだ。
鳴り物入りで入学してきた彼に私は絶対に負けないと誓った。
しかし、彼の美しい走りを生で見て、私は衝撃を受けてしまった。
ついこの間中学生だった彼の走りは既に完成されていた。
こんなに綺麗な走りをする人がこの世にいるなんて、そう思ってしまった。
多分私は彼のファンになっていたのだろう。
彼がこれからどこまで上に行けるのか、私はそれを見たいと思った。
そしてその走りを身近に見る為に私も努力した。
しかし事故によってそれが全て台無しになってしまった。
もう彼は走れない……そう思った時、私のやる気も同時に失ってしまった。
それから1年、私の成績は下降の一途を辿ってしまう。
でも彼は復活した、走り幅跳びで。
しかしやはり彼の本領は100mだ、あの美しい走りが彼の持ち味。
それが復活するかも……私は少しだけ期待していた。
まさか去年のような結果にはならないだろうと……。
どこまで走れるのか、この目で確かめてあげましょう。
もしも、また同じような結果になるのならば、二度とこんな事をしないように私が引導を渡さなければ。
そう考え正面を見据える彼をチラリと見ると、彼はまるで私が居ないような振る舞いでゴールを見続けている。
それを見て私の中で眠っていた彼に対する怒りと対抗心が沸き上がる。
舐められたものね……。
初めての対戦、絶対に負けられない。
「On your marks」
灯のコールが聞こえてくる。
相変わらず綺麗な発音だなと、そう思いつつ私は集中力をあげスタート位置に付く。
右手をスタートラインに、そして左手を付いたその時彼の姿が目に入る。
『ひ、低い!?』
彼は両手をコース幅ギリギリまで拡げていた。
その為彼の頭は私よりもかなり低い位置にあった。
『だ、駄目集中しなければ』
スタートは苦手なのだから。
私は自分にそう言い聞かせ彼から目線を戻し自分の手を見て集中力を高める。
「Set」
灯のその声に周囲の音が消える。
ジリジリと日差しがトラックを照らす。
そのジリジリという音が聞こえるくらい周囲の音が全くしない。
集中出来ている証拠だ。
私はゆっくりと腰を持ち上げ静止する。
「パン」
そして一呼吸置いて私達の後ろにセットされているスピーカーからピストルの音が聞こえると同時に私はウサギがジャンプするかのように全身を使いスタートを切った。
感覚的に恐らくフライングギリギリだっただろう、しかし機械はフライングを認めていない。
凄い、彼のお陰か? 今までに無いくらいのスタートが切れた。
これは……自己新が出るかも知れない。
私は躓かないように慎重に二歩目を繰り出す。
「え?!」
スタートはドンピシャ、二歩目もスムーズ出ている。
しかし彼は既に前にいた。
『ど、どういう事?』
いくら男子とはいえ、スタート直後しかも完璧にスタートした私の前に出るなんて!!
そうか……あのスタート態勢、低いスタート位置はこの為か。
私は一瞬でそれを理解した。
グングンと加速していく彼に私は必死で食らいつく。
しかし差は開く一方、低い態勢で走り続ける彼。
何でそれで転ばないの?
そのバランス感覚に驚愕すると共に、それが走り幅跳びでの空中感覚で鍛えられたものだと理解する。
でも、彼の足には爆弾が潜んでいる。
私は後半崩れるであろうと、そう予想し彼を必死に追う。
そしてその予想は的中してしまう。
50mを過ぎる彼の身体が起き上がると同時に左右にブレ始める。
怪我をしている足を庇うような走りになってしまう。
美しい彼の走り、今の走りにその面影は無い。
はっきり言って無惨な走りだった。
片足を引き摺るように、コースからはみ出しそうになりながら彼は走り続ける。
痛々しい……。
そう思ってしまった。
もう抜いてしまおう……これ以上見たくは無い。
そう思いスピードが落ちている彼を抜き去ろうと後半に残していた力を使う。
「え?」
しかし残り30mでも彼はまだ前を走っている。
私が加速している筈なのに、明らかにスピードに差がある筈なのに追い付けない。
差が開き過ぎている? いやそれだけじゃ無い……。
一体何が? そう思いながら彼を必死に追い続ける。
そして……彼が私よりも前でゴールした。
それが限界だったのだろう、彼はゴールと同時に倒れ込んだ。
続けて私もゴールを切ると仰向けで倒れている彼の元に急いで駆け寄る。
「な、何で」
私がそう聞くと彼は息を切らしながら言った。
「随分と良い光景だなぁ」
私のランニング姿を下から見上げた彼はそう言った。
「興味なんて無い癖に! それよりも」
彼が競技場内でそんな思いになる事は無い。
「……ふふふ、後半ストライドを限界まで伸ばしてみたんだ。そうしたらやっぱりフォームが滅茶苦茶にね、でも……ははは、走りきれた、上手くいったよ」
一緒に走った私の質問の意図を理解している彼は、息を切らしながらそう笑顔でそう言った。
「それって……まさか! そ、それも……」
「ははは」
「なんて人……」
そう、彼は諦めてなんていなかったのだ。
走り幅跳びで高校新記録を作ったそれさえも、彼は100m復活への足掛かりにしていたのだ。
スタートのバランスもストライドを伸ばす事も全部。
今の現状で走るすべを彼は模索していたのだ。
まさに……天才。
そうだと私は電光掲示板に目を移す。
そしてその記録に私は目を疑う。
そこに表示されている記録は『10秒89』あの走りで10秒台を叩き出していた。
それを見て私の身体が震え出す。
彼を見下ろしながら、驚愕、称賛、恐怖、そして……そんな色々な感情でブルブルと震える身体を私は必死に抑えていた。
【あとがき】
いよいよ最終章に突入します。
今年中に終われるかな?( ゜Д゜)ナゲエヨ
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