第247話 先輩の新たな挑戦
合宿最終日の午後、私達は帰宅準備を整えバスで移動する。
そして市の中心街にある大きな競技場に入って行く。
自分の現状を確認する為に最後は記録会を行う事になった。
「とりあえず、まあ良い記録は出ないと思うけど現状どこまで出るかを確認しておきましょう」
先輩は皆の前で少し笑いながらそう言う。
当然記録なんて出るわけがない。
午前中は最後の練習という事で身体にかなりの負担をかけていた。
「じゃあ灯、宜しくね」
お姉ちゃんがすまなさそうな顔で私にそう頼んでくる。
現在マネージャーであった只野さんが一番辛い状態にいる為、私が臨時マネージャーとして皆の記録を取る事になっていた。
でもある意味嬉しかった。
先輩達の本気の走りを間近で見れるのはかなりの勉強になる。
私はそう思い快諾していた。
今日は翔先輩も跳ぶらしい、昨夜の事が無ければわくわくを隠せないでいただろう。
私はまず最初にスタートした長距離チームのラップタイムを計測しつつウォーミングアップをしている翔先輩をチラチラと見ていた。
「本当に……バカなんだから」
先輩に聞こえるような声でそう呟く。
円は準々決勝で敗退した野球部と共に姿を消していた。
それについて番組は特に何もコメントを出していない。
ネットでは少々荒れていたが元々休業中という事もあり既に鎮火し始めていた。
いくらなんでもそのまま海外に行くとは思えない。
直ぐに追い掛ければ間に合うかも知れないのに……まだ彼女との仲をを諦めないと言ったものの意地になっているのだろう。
そんな先輩の態度に私はずっとイライラしていた。
行かない方が私にとって良い事なのに。
そんな事を思いつつ私はストップウォッチをカチカチと押し記録を計測する。
そして駅伝チームプラス只野さんは程なく1500mを走り終える。
全員全力を出しきったものの、過酷な練習に比べたら大したこと無いとばかりに、直ぐに呼吸を整えクールダウンを始めていた。
最下位はやはり只野さん、只野さんは他のメンバーと違いその場にうずくまっている。
「えっと……」
只野さんはこの後お姉ちゃんと100mを走る事になっているが、連日の過酷な練習の為か、まったく身動きできなくなっていた。
「取り敢えず休んで回復して」
私がそう言うと彼女はうずくまったまま首を数回縦に振った。
声も出ない位に疲れているけど、根性だけはあるなと感心しつつ私は跳躍チームの方に向かう。
跳躍チームは3人、高跳びの『小笠原 穂波』と『川本夏樹』先輩、そして幅跳びの『宮園 翔』先輩。
「今日こそ抜きますから!」
「今まで一回も抜いた事で無いじゃんww」
「ううう」
いつものように和気あいあい? と、いや……ギャーギャーと高跳びの二人は言い争いをしながらウォーミングアップをしていた。
合宿中ずっとこうだったが、翔先輩は夏樹に任せておけば良いとばかりに高跳びの二人に対して殆ど指示等していない。
取り敢えず高跳びは二人いるし、跳んだ高さが記録になる為に記録係は必要無い……ていうより近づくのが怖かったので私は呼ばれない限り関与しないことにした。
そうなると必然的に翔先輩の記録を録る事になる。
私はゆっくりと先輩に近づく。
それと同時に昨夜の事が頭をよぎる。
今思えば顔から火が出るくらい恥ずかしい告白をしたもんだと……。
しかし、先輩は朝から特に気にする様子は見せなかった。
それはそれで私の中でイライラが積もる。
ウォーミングアップを終えた先輩は助走路でスタート位地を確認していた。
幅跳びはまず踏み切り板でファールの確認をする必要がある。
そして着地場所の確認及び計測も必要だ。
ただ踏み切り板には粘土が設置しておりファールの確認は必要無い。
私は先輩の着地するであろう場所に立つと先輩のスタートを待つ。
こんな間近で先輩の跳躍が見れる。
そう思った瞬間、さっきまでのイライラが吹き飛んでいく。
高校新記録を持つ先輩の跳躍、100m程では無いがそれでも美しく私を魅了する。
私って……チョロいなと思いつつ、ワクワクしながら先輩を待つ。
先輩はスタート位地で一度屈伸してから立ち上がり、左足を前に身体を何度か前後すると、ゆっくりと助走を開始する。
色々な事は一先ず置いて、今は先輩の華麗なジャンプを堪能しよう。
そう切り替え翔先輩のジャンプに注視した。
しかし、先に結果を言うと、先輩の跳躍は一度も見る事が出来なかった。
翔先輩は助走は全力でするものの、踏み切る事なくそのまま私の横を駆け抜けていく。
間を置かずに三度助走を開始するもそのまま走り抜けてしまった。
記録は全ファール。
一体どうしたというのだろう?
やはり調子が悪い? 練習不足? ひょっとしたら、また足に……。
そんな事が頭を過よぎる。
でも、昨日の事もあり、私は結局翔先輩にそれを訪ねる事が出来なかった。
そして、最後はお姉ちゃんの100mの計測になる。
クールダウンを終えた長距離メンバー達の協力の元、計測器の設置は完了した。
さすがに大きな競技場だけあって、立派な計測器がそろっていた。
スタートラインにはお姉ちゃんが一人立っていた。
お姉ちゃんはスターティングブロックの調整をしている。
しかし、只野さんの姿はそこには無かった。
やはり1時間程度では回復しなかった模様だ。
お姉ちゃん一人での計測、そう思っていたその時、お姉ちゃんにスタスタと近づく人物が……。
そう……翔先輩がお姉ちゃんに近づき只野さんの為に用意されていたスターティングブロックの調整を始めたのだ。
「え?」
ここいた全員がポカンとした表情でそれを見ていた。
只野さんの為に調整している? でも、只野さんは直ぐそこで仰向けで寝ている。
まさか……翔先輩が走るの?
私を含む全員がそう思っている。
それは隣に立つお姉ちゃんも例外では無かった……。
私がトラックの横で呆然と見つめていると準備を終えた先輩は私に向かって言った。
「スターターお願い出来る?」
「は、はい!」
そう返事をすると私は急いでピストルの置いてある位置に向かった。
その間先輩は何度かスタート練習をする。
呆気に取られていたお姉ちゃんも慌てて準備を続ける。
先輩が……100mを走る……。
走り切れるのだろうか? そして走りきったとして……タイムは?
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