第146話 取り調べ
「それで、どこまでしたの?」
「えっと……これは? 眩しいんだけど」
俺はキッチンのテーブルの上に置かれ光源を向けられているライトを指差し妹に訪ねる。
「読書用よ」
「いや、それはわかってる……それでこれは」
続いて俺は目の前に置かれているどんぶりを指差す。
「カツ丼よ」
「えっと夕飯って事でいいのかな?」
「そうよ!」
「そか、じゃ、じゃあまず食べない?」
「取り調べが先よ!」
「ああ、やっぱりこれって取り調べ室でしたか」
「カツ丼は少し蒸らした方が美味しいのよ」
ベタベタの刑事さんの真似をしている妹……でもこれってコントの世界観だよね?
「そうですか……」
「それで、結局お兄ちゃんは……あいつとしたの?」
「な、何をかな?」
「惚けるな! ネタは割れてんだ!」
すっかりコントの刑事さんになりきっている妹は、テーブルをドンと叩き俺に顔を近付ける。
「まじでいつまでやるの? このコント」
「いいから吐け!」
一向に止める気配の無い妹、うーーん俺の妹ってこんなキャラだったっけ? なんかキサラさんに感化してない?
どうでも良いけどさあ、人の妹を洗脳しないで欲しい。
それとも最近構ってやれてないから俺と遊びたいのだろうか?
「いや、あのさ、ご飯の前で吐けはどうかなと……」
「お母さんは泣いてるぞ!」
「いや、泣いてないってかさっき迄いたよね? 普通に仕事行ったよね?」
父は転勤中、母は転勤先と自宅を行き来しつつ仕事もこなしてるので見るのは久しぶりだ。
「お兄ちゃん、怒らないから正直に言ってごらん」
「それ怒る奴だろ!?」
「やっぱりしたんだ、うわあああああああ!」
妹は両手で自分の顔を包み込み、俺から離れ悲鳴を上げた。
「何も……してねえ、俺は潔白だ!」
妹が言ってるような事はしてねえぞ……。
「ほら、それ! それが疑わしいって言ってるの?」
「それ?」
「そう、お兄ちゃんいつから一人称が俺になったの?!」
「え? あ、えっと……昨日から?」
誤字ではない。
「ほら、やっぱりしたんだ」
「だからなぜそうなる?」
「大人になったって事でしょ? 自分に自信がついたって事でしょ? つまりは……そういう事でしょ?」
「どういう事だよ!?」
「じゃあとりあえずカツ丼食べたら行こうか?」
「行こうってどこへ?」
「お兄ちゃんの部屋」
「……何故に?」
「私の部屋がいい? 私はどっちでも良いけど」
「いや、だから話が見えないんですけど?」
俺がそう言うと、妹は眉間に皺を寄せ俺の胸ぐらを掴んだ。
「……忘れたの? あいつとした事は……全部私とするって約束」
妹はそう言うとニヤリと笑った。
「あ」
忘れてた忘れてたすっかり忘れてた。
「さあ、早く食べて、お兄ちゃん、しっかり食べて精力つけようね?」
どんぶりの蓋を開けにこやかに笑う妹。
やる気満々かよ!?
「いやいやいやいや」
まるで複数の作品を同時に書いてて妹もの作品を間違って書いてしまった馬鹿な作者が書いてるラノベのようなこの展開に俺は思わず天を仰いだ。
「お兄ちゃん……お兄ちゃんはね、なっちゃんと付き合うのが一番なの、なっちゃんと初体験するのが良いの、お兄ちゃんはなっちゃんと結婚するの!」
「いや何でそこで夏樹が出てくるんだよ」
そもそも今の展開だと初体験の相手はお前だろ?
「鈍感……」
「誰が鈍感だ」
「ほら、食べるよ! 食べたら部屋行くよ」
「いや、食べるけども、しないからな!」
「やっぱりしたんだ……」
「あ、ち、違う今のは言葉のあやで、そう言う意味じゃ無い、断じてしてない!」
「あ、そうだ、お兄ちゃん先にお風呂入る?」
「いや、だから、してない、してないったらしてない」
「じゃあどこまでしたのよ!?」
「キスまでしかして…………あ」
「…………へえ」
「いや、えっと……天さん?」
天は凄惨に笑った。そして再び俺の胸ぐらを両手で掴むと、唇を尖らせ頭突きでもするかのように顔を近付けてくる。
俺は素早く手を出し妹の額を手のひらで受け止める。
「や、約束でしょ!」
「いや、しないから、俺にそんな趣味はねえ! このブラコンが!」
「うっさい、ブラコンじゃない、私はあいつに負けたく無いだけよ!」
「負けっぱなしじゃねえかよ」
「あ、あれは手加減してやってんの、良いからその唇をよこせええええ」
「嫌じゃああああああ!」
キッチンのテーブルを支えにして俺は妹から逃げ回る。
二人でバターになりそうなくらいぐるぐると回った。
でも、なんだか懐かしく感じる。
円の事でギクシャクしていた俺と妹。
いや、事故の日から俺と妹の関係は少し変わってしまっていた。
でも今は小学生の頃のような、俺と妹と夏樹と三人で遊んでいた頃のような、そんな雰囲気に戻りつつある。
これも円のおかげなのだろうか?
俺の失った物を円は少しずつ取り戻してくれている。
そんな気がしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます