第147話 旅の始まり
約束の実行、円と一緒に病院で検査を受ける。
連れて来られたこの病院はあの円が部屋で声優紛いの事をしていた時にいたマキさんのご実家との事。
病院に着くと直ぐに予約していたMRI(核磁気共鳴画像法)にて俺の膝から足首まで撮影していく。
そして一通りの検査が終了すると、特に診察する事なく病院を後にした。
「これだけ?」
「そうだよ」
「診察とかは?」
「一応今後して貰おっか、でもここって整形外科でもスポーツ専門とかじゃないからなあ」
「まあそうだよなあ」
スポーツ診療。
最近でも時々こういった話を聞く事がある。
部活動で怪我をして普通の病院に行くと部活を辞めるように言われたと。
中学や高校の部活動なんて遊びの範囲だって思っている人は多い。
怪我をしても、それでも辞めたくない、子供だってプロと同じくらい、いや、それ以上に真剣にやっている者だっている。
しかしわかってくれない大人は多い。
そんな時に行くのがスポーツ診療所だ。
勿論プロもアマチュアも怪我を治しながら、そしてリハビリをしながらスポーツを続ける手助けをしてくれる診療所だ。
俺も陸上で何度か足を痛めて、治療をしてもらい、プールトレーニング等を勧められた経験もあった。
とりあえず朝一で病院に行き検査を終えた。
コネでの検査なので全て優先でしてもらい1時間程で病院を後にする。
まだ午前中、帰るには早いし少し勿体ない。
「どうする」
隣に寄り添う円にそう訪ねる。
「とりあえず今日は……私に付き合ってくれる?」
円は何か計画でもしていたのか? 間髪いれずにそう言った。
「良いけど?」
「やった、リハビリも兼ねて遊びに行く?」
「良いけど、大丈夫かな? 今日はあまり変装してないけど」
「一応帽子持ってきた。あとはいつもの眼鏡」
少し大きめのバックからいつもの変装アイテムを取り出した。
「準備万端かよ、で、どこへ行くの?」
「遊園地!」
円は子供のような満面の笑みで俺に向かってそう言った。
円と二人で遊園地、益々バレたら大変だろうなとは思ったが、その提案に俺の気分が少し上がる。
思えばそういう所で遊んだ記憶が殆ど無かった。
勿論子供の頃に両親に連れられ行った事はある。
しかし、小学生の頃から陸上陸上の毎日で、さらには怪我もありそういった所に行く機会が今までなかった。
俺が「いいよ」と言うと、円は嬉しそうに俺の腕を引っ張り、駅に連れて行く。
そして……。
「は? ど、どこへ行くの?」
円と二人新宿駅の巨大バスターミナルに入る。
「富士〇ハイランド」
「えっと……どこだっけ?」
「富士山の辺りじゃない?」
「は? 今から?」
ちょっと待って、また泊りがけはまずい、今度こそ俺の貞操が妹に……。
「大丈夫大丈夫、結構遅くまでバスあるから」
円は俺に有無を言わさず切符を買い、出発間近のバスに乗り込む。
土曜日昼前、バスの乗客は以外に少なく半数以下、そしてその半数以上がカップルだった。
俺らが乗り込むも、円には誰も気づかない。
そのまま指定された席に着くと、円は座席のテーブルをセットして、いつの間にか買っていたお茶とお菓子を置いた。
「ハイヤーで行くのも良いけど、一度乗って見たかったのよね、たまにはこういう旅も良いかなって」
「まあ、俺はどっちかっていうとこっちの方が落ち着くかな」
合宿や、遠征でにバス移動を思い出す。
「ふふふ」
円はなんだか楽しそうに笑っている。
その姿を見て俺もどんどんと楽しくなってくる。
そして暫くすると、バスはゆっくりと走り出した。
案内のアナウンスが流れ、2時間弱の旅が始まる。
そして、この機会に、その2時間の間に俺は円に聞く事が、聞かなければいけない事がある
「それど……今後はどうするの?」
今日の検査の結果次第なのはわかっている。
今までは円単独で動いていた。
もし、俺の足がどうにもならない状態ならば、ショックを受けないようにと円は考えていたのだろう。
でも、大丈夫、もう俺は全て受け入れるって決めた。円を信じると決めた。
だから今後の事は全て聞かなければ、そして円と一緒に乗り越えなければいけない、俺は逃げない何があっても逃げないってそう決めたから。
「一応、私のコネを使って手術出来るっていう先生を探す」
「そ、そか」
「日本を含めて世界中から探す、でもある程度目処もついてるから、冬休みまでには……多分」
「うん、ありがとう」
「ううん」
バスは順調に走り首都高速に乗った。
窓の外に東京の景色が流れて行く。
周囲は楽しそうに会話をしている中、俺達は真剣に話し合う。
そして俺と円はとりあえず進む選択をした。
勿論完治はしない、そんな事は百も承知だ。
でも100%は無理でも80%なら、50%でも、それでも良くなれば……ってそう話し合った。
ここ数日、杖を置きリハビリを続けている。
円に介助されながらずっと二人で歩いている。
今日も家から病院、そしてこうして遠くに出掛けられるようになっていた。
円は常に俺の腕に自分の腕を絡め、寄り添うように歩いてくれるているからだ。
正直こんな事妹にだって頼めなかった。
勿論夏樹にもだ。
なぜなら……こうする事により……俺の腕に介助してくれる相手の胸がぴったりとくっつくのだ。
そして相手に頭が常に俺の顔の側に来る事になる。
中学1年で怪我をして、現在高校1年、そんな思春期真っ只中の俺にとって、これはあまりにも刺激が強すぎた。
怪我した当初にこうして介助してもらったが、妹でもさすがに遠慮してしまう。
まあ、専門の病院やリハビリテーション等あるにはあるのだが……俺はずっとリハビリ自体から逃げていたわけで、そういった所に行く事も無かった。
「どんどん取り戻すから……貴方の無くした物を……そして……私も」
円は自ら決意するようにそう呟く
「……うん」
俺も独り言のようにそう呟いた。
もしもの世界、俺と円が普通の生活をしていたら、もしも普通に出会っていたら、一体どうなったのだろうか?
俺は円と出会い人生が変わった。
そして、それは円も一緒だ。
だから、無くした物を、いや違うな……お互いに欲しかった物を今から手に入れようとしているのかも知れない。
そんな二人の長い旅が今から始まったのかも知れなかった。
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