第148話 童心にかえって


 ここは富士の麓にある富士見ハイランドパークという遊園地

 似たような名前の遊園地があるらしいが俺は知らない、知らないったら知らない。

 なので規則や条件等知らなく当然なのである。

 


「ご、ごめんなさい……」

 遊園地に到着して直ぐに俺達はベンチに座って途方に暮れていた。


「いや、仕方ないよ」


「あううう」

 円は顔を両手で包みうつ向いて嘆き始めた。

 そして俺はその円の姿に思わず吹き出しそうになるのを堪えていた。


 あの円の、ここまで落ち込んでいる姿を見られただけでも、来たかいがあったってもんだ。

 まあ、口が裂けてもそんな事言えないが。

 

 落ち込む円と笑いをこらえる俺の目の前を、ジェットコースターが轟音と乗客の叫び声と共に走り去っていく。


「ああ、これに乗りたかった……」

 円は羨ましそうに、恨めしそうにジェットコースターを見ながらポソリと呟く。


「そうなんだ……」

 そう……俺達は、いや、厳密には俺はジェットコースターに乗れなかった。

 ここのジェットコースターは、足が不自由だと乗れないと明記されていた。

 厳密に言うと、緊急時階段や長い通路を一人で歩けない者は不可って事らしい。

 現状リハビリの為に俺の膝にはサポーターを取り付けている。

 それも駄目らしい。


 まあ、今の俺だと乗れるかは微妙なのだけど……一応もしもの事を考えて記載の通り素直に従う。


 

「円一人で乗って来なよ」

 

「いやだよ」

 円は顔を伏せ俺を見ずにそう言う。


「だって乗りたかったんだろ?」


 すると円は顔を上げ俺をじっと見つめた。

 晴天に空の下、涼しげな風が円のサラサラの髪を靡かせキラキラと輝いている。


「だって……貴方と乗りたかったの……一人じゃ嫌よ」

 

「……あ、あはははは、怖いの?」


「ち、違う!」

 円は少し怒った顔で俺を睨み付けた。

 その表情に俺は思わずドキッとしてしまう。

 彼女は普段は冷静沈着、何事にも同じない、一手も二手も先を読み全てを見切っているような印象なのだが、今はそんな事微塵も感じない、至って普通の女の子に見える。


 そう、円も人間なのだ、円も普通の女子高生なのだ。


「ごめん、冗談」


「もう……」


「そか……うん……じゃあさ……治ったらまた来ないとね」


「──勿論……その時は絶叫アトラクション全部制覇するよ!」

 円は俺を見て拳を握り締め、生き生きとした表情でキラキラと目を輝かせながら心底嬉しそうにそう言った。


「あははは」

 

「……じゃあ、行こっか」


「えっと帰るの?」


「まさか! ジェットコースターは無理でも他の乗り物は大丈夫でしょ? あ、ご飯も美味しいってさ」

 円はそう言うと俺の腕を取った。

 そして二人で遊園地を回る。

 まるデートのように……いや、これってひょっとしたらデートなのか?


 相変わらず俺の腕に絡めている円の腕、でも今は介助ではなく本当に腕を組んで歩いているように感じてしまう。


 それにしても……一体これはなんなんだろうか? と少し疑問に思った俺は単刀直入に聞いてみた。


「あのさ、これも俺のリハビリの一環?」


「え?」

 俺がそう聞くと円はキョトンとした表情で俺の質問を聞き返す。


「え?」


「ううん、違うよ」


「違うの?」


「うん、それだったらわざわざこんな所まで連れて来ないでしょ?」

 確かにそうだ……。


「じゃあ、何で?」


「えーー? そんなの遊園地に来たかったからに決まってるじゃない!?」

 円はあっけらかんと、そう言う。

 しかし俺はその言葉に一瞬耳を疑った。

 至極当たり前の事なのだが俺にとって、その円から発せられた言葉は驚愕と言っても過言では無かった。


 俺の為にではないと、自分がそうしたかったと円は俺に言ったのだ。


 つまり円は自分の為に自分の都合だけで、俺をここまで連れて来たのだ


 そしてその言葉に俺は物凄く嬉しく感じた。


 だって円はいつでも俺を中心に動いていたのだ。俺の為に高校生活を送っていたのだ。


 4月から出会ってからずっと円は俺の事ばかりだった。

 俺は……それがとても辛かった……。


 確かに今まで買い物に行ったり食事に行ったり出掛けたりもした。

 北海道、そして沖縄に旅行? に行ったりもした。


 でもそれは全て俺の為だった。

 勿論その間に自分の買い物をした事もあった。しかし今日は検査がメインだったとはいえ、ここまで自分の都合だけで俺を振り回した事等今まで無かったのだ。


 そうこれが初めてなのだ、円が俺の事よりも自分の事を優先したのは。

 円が自分の事で自分の我が儘で俺を付き合わせたのはこれが初めてなのだ。


「ずっとね、こうして普通の生活がしてみたかった……男の子と遊園地に行ってみたかったの……」


 俺達の横をジェットコースターが走り去る。

 それを楽しそうに、嬉しそうに見つめる円。


「──じゃあ、遊ぼう、今日はたっぷりとね」

 俺はそう言うと円の腕から自分の腕をを振りほどき、そして円と手を繋いだ。

 今日ここからは介助は無しだ。


 勿論足取りはフラフラとしておぼつかない。

 でも、それでもなんとか歩いた。一歩一歩大地を踏みしめて。


 円と手を繋ぎたかったから、一緒に歩きたかったから。


 今日は円のわがままにとことん付き合う。

 俺は暖かい円の手をしっかりと握りしめる。

 円は一瞬戸惑うも、俺を見てニッコリ笑った。

 さあ何に乗ろうか? 円は何に乗りたい? 

 遊ぼう、何も考えずに今日は二人で思う存分。


 先の事は考えずに、今は何も考えずに……二人で俺と円の二人だけで……。

 

 



【あとがき】


この物語に出てくる施設等は全て仮想の中の物です。

なので規則等も一切作者の都合で書いております。

途中まで一緒にアトラクションに乗っている展開を書いていてふと疑問に思い調べたら主人公が乗れるか微妙な記載を見つけ慌てて書き直したので今回かなりの時間が……。


いや、実際介助者がいればOK? とか一人で歩けないなら駄目とか、サポーターをつけてたら駄目とかかなり複雑で、とはいえ商業でも無いのに遊園地に確認して業務を妨げるのもどうかと思い、最終的に仮想の遊園地って事にしました(笑)


なのでそこを突っ込まないようにお願い致します。( ;゜皿゜)ノシ、ココハイセカイジャ

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