第149話 円の本当の姿

 

 一通り乗り物に乗った俺達は遊園地のレストランに入った。


「あーー楽しかった」

 円は満足そうな顔でそう言うと、プラスチックのコップに入った冷たく美味しそうな水を一気に飲み干した。

 その美味しそうに飲む円の姿は、去年見た清涼飲料水のCMの円よりも輝いて見える。

 いつもとは違う自然体の円を俺は今初めて見ている気がする。

 何万人、何百万人もの人々を魅了していたテレビの向こうの円、誰一人寄せ付けようとしない学校の円、そして……今まで俺に俺だけに見せていた、どこか悲しげでそしてどこか儚げな笑顔の円……それは全て作っていた、演技している円だったのかも知れない。


 いや、もしかしたら……この円も、普通の少女の演技しているのかも知れない。

 でも、俺は今目の前にいる普通の表情、心から嬉しそうにに笑う円が一番好きだってはっきりと言える。


「子供向けアトラクションばっかりだったけどね」

 

「でも逆に新鮮~~」


「かもね」

 二人でテーブルに座り少し遅いランチタイム。

 予め注文していた料理が出来上がり番号を呼ばれる。

 円は一緒に立とうとする俺を制して一人で品物を取りに向かった。


 思えば今日の円は初めから何かそわそわしていた。

 まあいつも通り朝妹と小競り合いしていた時には全く気付かなかったけども。

 俺の検査結果に不安を感じているのかな? と思っていたが、結果は後日って事だったのでじゃあ、一体何にそわそわしていたのだろうか? と若干疑問に思っていたが、これだったのかと改めてそう思った。

 しかし、あれ以来円に決別宣言をして以来、円の態度が急激に変わった気がする。

 素直になった? 本性を現した? いや、やはり演技しなくなったが一番しっくり来る。


 円は慎重にお盆を二つ持ち、席に戻ってくる。


 一つのお盆には富カレー、富士山の形をしたご飯にカレーがかかっている富士山カレー、もう一つがご飯を肉で包んだローストビーフ丼。


「美味しそうだよ?!」

 お盆をテーブルに置く満面の笑みでそう言う円。

 高級レストランで食事した時よりも遥かに嬉しそうな顔で俺を見る円に思わず笑ってしまう。


「なによお」


「いや、なんかさ、可愛いなって」


「普段は可愛くないと?」

 ぷくっと頬を膨らませる円、いや、なんだ? 今日の円はあまりに可愛すぎて……。


「それも演技?」


「え?」


「あ、いや……」

 つくづく嫌な男だな俺って、円に対してだとついつい本音が出てしまう。

 

「そうだねえ、まあ演技していないとは言い切れないかな」

 円はそう言うといつものアルカイッックスマイルで俺を見ながら席に着く。

 そしてローストビーフ丼を俺の前に置くと、右手でカレーをスプーンですくい、左手で髪をかき分けながら口に運ぶ。


「こんな感じかな?」

 カレーを口にいれるが殆どソシャクせずに普通に喋る円、そして俺を見てニッコリと微笑む。そうだ、俺はずっとこの笑顔をテレビで見ていた。

 そしてずっと気になっていた……何でかわからなかったけどずっとこの笑顔が気になっていた。

 でも今ならわかる……これが作り笑顔だという事が……円は演じていたって、タレントの白浜 円を、まるちゃんを演じていたという事が、今ならよくわかる。


「ねえねえあれってさあ、まるちゃんじゃない?」

 すると近くの席にいた一人がこっちを見てそう呟く、その声を聞くや円は直ぐにさっきまでの満面の笑みに戻すと、今度は、はしゃぎながらカレーを食べ始めた。


「あははは、富士山崩壊~~でも美味ひいい~~」

 無邪気にムシャムシャとカレーを頬張る円。


「違うんじゃね?」

「うん、ちょっと似てるだけかも」

 その円の姿を見た隣のカップルはそう話すと直ぐにこっちに興味を無くし二人でお喋りを始めた。


「ふふふ、まあ……変装ってのはね、仕草や表情も含めての変装なのよね」

 円は俺にそう言いウインクする。

 白浜 円とバレない為の演技……円はそう言っているのか?

 それとも、今の円が本当の円で、まるちゃんが演技だと言っているのか?


 大女優、白浜 縁の娘、女優の血を受け継ぐ円、演技力が遺伝するとは思えないけど、小さい頃から母親を見て育っているのは間違い無い。


 門前の小僧習わぬ経を読む。そのお経、円はずっととんでもないお手本を聴いていたって事なのだ。


 恐らくその辺の若手女優より円の方が演技力があるのは明白だ。


 つまり……本当の円はまだ見せていない?

 そして……それは一体どんな姿なのか? 今、目の前にいる円も本当に演技なのか?


 目の前で嬉しそうにカレーを食べている円の姿を見ると、何故だか俺の鼓動が早くなる。

 スプーンが唇に触れた瞬間、俺の身体が火照る。


 ついこの間……俺は円とキスをした。

 

 円は俺に勇気と自信をくれた。


 でも本当にそれだけなのか? 円の言葉が本当なら俺が円のファーストキスの相手。

 

 そう思う度、俺の中で独占欲が沸々と沸き上がる。


 この感情は、この気持ちは一体なんなのだろうか?

 

 友情なのか? それとも愛情なのか? それとも……復讐心……なのだろうか?


 自分の気持がわからない…俺は円とこの先どうなりたいって思っているのだろうか?

 

 

 

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