第150話 ラスボス?
思う存分遊園地で遊び、彼をタクシーで彼の自宅まで連れていく。
「はいどうも、ほらお兄ちゃんとっとと家に入る!」
天ちゃんは眠たそうな彼を素直に引き取り、私を一睨みすると舌をベーーっと出しながら直ぐに家の中に入り乱暴に扉を閉めた。
ちょっと拍子抜け? 最近天ちゃんはすっかりおとなしくなってしまったと少々残念に思いつつ、朝からずっと彼を介助しさすがに疲れていたので、ここで戦闘モードにならなくて良かったかもと、内心ホッとしつつ、私は踵を返し彼の家の前に待たせていたタクシーに乗ろうとしたその時、横から唐突に声を掛けられた。
「──白浜さん、こんばんわ」
いきなりで少々ビックリするも、その聞き覚えのある声の方に振り向くと、そこには白のスウェット姿の夏樹さんが立っていた。
「あ、こんばんわ」
「こんな時間まで大変ね……」
「いえ……」
その声に少し嫌味が混ざっているような、そんな風に聞こえるのは気のせいだろうか?
「夜遅くてごめん、ちょっと話があるんだけど」
「えっと、良いですけど……」
そうは言ってみたものの、そろそろ深夜になりつつある時間、そんな時間にスウェット姿の彼女をどこかに連れていって良いのだろうか? いや、それともこのままこのタクシーに乗せ私の家に連れていく? 等と一瞬悩んでしまう。
そして私のその考えを察したのか? 彼女は躊躇なく踏み込んで来た。
「あ、ごめんね、じゃあ部屋に来て貰える?」
そう言われ私はそこでしまったと思った。
そういきなりだったせいか、私は一瞬の隙を彼女に与えてしまったのだ。
それは間違いなく失敗だったと言わざるを得ない。
自分の部屋に殆ど知らないであろう私を呼んだ。
つまり、彼女は本気モードで私に接近してきたのである。
もしかしたら、彼女は狙ってその格好で私の前に現れたのかも知れない。
私の頭の中で警報が鳴る。
彼と北海道に行った時よりも……悪い噂が絶えない男性タレントが近寄って来た時よりも、ママが私に笑いかけた時よりも……激しい警報が頭の中で鳴り響く。
この人は危険。
彼は言っていた、夏樹さんは天才だと。
それは何も運動だけじゃ無い。
彼女は全国クラスの選手でありながら、体育推薦も取らず普通に城ヶ崎に入学した。
そして、そこからずっと成績は常にトップクラス。
恐らく中等部からの内部進学組ではトップの成績だろう。
1年にしてバスケ部のレギュラーを獲得し体育科でもなく、普通科でトップクラスの成績を保ち続けているなんて凄いとしか言いようが無い。
彼女は天才……そして……彼の目標だった人、彼の憧れの存在。
以前一度だけ彼女と話した言葉がある。
部活に行く途中、彼女を捕まえいくつか彼の事を質問した。
そして、それは私の作戦だった。
なるべく彼女には考える時間を与えたくなかったのだ。
私は夏樹さんだけは避けていた。
会話は出来る限り最小限で済ませていた。
でも、いつかは来るってわかっていた。
この人がいつまでも大人しくしている筈がない。
わかっていたのに、まさかのこのタイミングでとは……。
こういう事態は想定していたのに、その中身を全く考えていなかった。
考えたくなかったと言うのが本当のところだろう。
怖い、最初に天ちゃんに会った時よりも、遥かに怖い。
初めて声を掛けた時、彼女は怒りもせず、泣きもせず、淡々と私の話を聞き、淡々と答えただけだった。
はっきりいって拍子抜けした。
でも、今思えば恐ろしい、彼女はずっと見ていたのだ、ずっと見極めていたのだ。
そして、このタイミングで私に話しかけて来た。
つまり、彼女準備万端なのだ。
何を聞いてくる? 何を言ってくる?
せめて1日、いえ、1時間でも余裕があれば……彼女の考えを知れれば、対処の方法があるかも知れないのに……。
「じゃあ、行きましょうか?」
「……あ、はい」
行きましょうか? が、一瞬逝きましょうか? に聞こえた。
もう逃げられないと、私は待ってもらっていたタクシーの運転手さんに一言謝り代金を少々多目に支払い帰って貰った。
さあ、これでもう後戻りは出来ない。
私は怯えつつも、ここが正念場と自分を奮い立たせる。
「そんなのビクビクしなくて良いよ、別に取って食おうってわけじゃ無いから」
そんな私の不安を知ってか、彼女は笑いながら玄関の扉を開く。
しかし、私は気が付いた、さっきから彼女の目が全く笑っていない事に。
「さあ、どうぞ」
彼女が開いた扉、私にはその扉が地獄への門、冥界への門に見えた。
そして彼女はその門番ケルベロス。
冥界には通すが逃げ出す者は貪り食うと言われている地獄の番犬。
私を冥界にいざなく三つ首の獅子。
あまりの怖さに私の頭の中であの童謡が流れる。
『行きはよいよい帰りは怖い……怖いながらもとうりゃんせとうりゃんせ……』
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