第151話 どんな事にもリスクはある


 そう言えば、同級生の家に来るのは初めてだった。

 

 私は昔から友達という物に興味はなかった。


 友達になろうと言ってくる人のその殆どが、白浜 円という商品と友達だって自慢をしたい人達だけだったから。

 

 芸能界でも結局ママの威光にあやかろうって人達しか近付いて来なかった。


 私の事を、私自身の事を知っているのはアイドルグループだったP-ミニオンのメンバーだけだった。


 だからこうして同じ年の女の子の部屋に入るのは感慨深い物がある。


 こんな状況じゃなかったらもう少し楽しめたかもしれない。



「じゃあ、そこに座って待ってて貰える?」

 私を案内すると彼女はそう言って部屋から出ていった。


「あ、うん……」

 そこって……多分ベッドでは無いよね……と、私は部屋の真ん中に置かれている丸いテーブルの前に腰を下ろす。


 普通床に座らせるなら座布団とかクッションとか用意しない?

 やはり歓迎されていないのは明らか、まあ、それはそうだろう。


 でも、この時間は貴重だ、考えろ、考えろ……彼女の目的は何か……。


 そんなの決まっている彼の、翔くんの事……そしてこのタイミング……恐らく……。


「お待たせ、ああ、ごめんなさい」

 彼女はお盆にカップを二つ乗せ部屋に戻ってくる。

 そしてコーヒーの入ったそれををテーブルに乗せると、ベッドの上に置いてあったクッションを私に手渡した。


「あ、ありがとう」


「ううん」


「えっとそれにしても、凄いぬいぐるみだね」


「あははは、集めてたら、子供っぽいかな?」

 

「ううん、可愛い」

 ボーイッシュな彼女からは想像出来ない部屋だった。

 少女趣味と言っても良いだろう、ピンクでフリフリだらけの部屋。

 そこに沢山のぬいぐるみが置かれている。

 彼女のイメージとは掛け離れている。


 まあ、翔君の子供の頃の写真を貼りまくっている私に言われたく無いだろうけど……。

 私はとりあえずそんな何気ない会話をしつつコーヒーを一口飲む、そして自分の気持ちを落ち着かせた。


「落ち着いた?」


「え?」


「ううん」

 彼女はそう言うとほくそ笑む、そしてその笑みを見た瞬間私は身体が震えた。


 わざと間を開けた、わざと話に乗った、そして私にコーヒーを飲ませた。

 全ては私を落ち着かせる為、考えをまとめさせる為……。

 

「じゃあ、話そっか?」


「え、えっと……何を?」


「そんなの言わなくてもわかるでしょ?」


「……」


「かーくん以外に無いよね?」


「まあ、そうね……」

 遂に来た……誤魔化しは一切効かない。


「単刀直入に言うとね、かーくんに手術を受けさせるの止めてくれない?」

 彼女はニッコリ笑ってそう言った。

 その目は怒りに満ちた、今にも襲いかかって来る虎のような、そんな目付きでそう言った。


 彼女は結論から言ってきた。


「なぜ?」

 そしてその理由を知りたい……いや、多分私の想像通りだとしたらその理由はわかっている。


「手術に何の意味があるのか、貴女ならわかっているでしょ?」


「わからないわ?」


「私に誤魔化しは効かない……かーくんの事なら私は貴女以上に詳しいからね」


「天ちゃんよりも?」


「妹っていう枷がない分私の方がわかってるかも」


「ふふふ、まるで女房気取り?」


「まあ、家族だから似たようなものよね」


「他人の癖に?」


「血が繋がってるからって知ってるとは限らないでしょ?」


「そうね……」

 それは私が一番よく知っている。


「それは同意して貰えたって事でいい?」


「嫌よ」

 そんなの嫌に決まっている。


「何故?」


「出来るだけ彼を元に戻す……それの何が悪いって言うの?」


「出来るだけじゃあ意味がないってわかってるでしょ? 日常生活だけならリハビリでクリア出来る」


「日常生活に戻すだけで彼は納得する?」


「納得も何も出来ない事をやらせる方が残酷じゃない?」


「それは……」

 駄目だ押されている。


「わかってると思うけど、かーくんは精神的に強い子じゃ無いの……だから私とあまっちとそしてかーくんのご両親、うちの家族でずっとケアしてきた……そこに貴女が突然現れて引っ掻き回し始めたのよ?」


「引っ掻き……」


「まあね、それでも今まで黙ってたのは、かーくんに陸上を諦めさせた事、リハビリを開始させた事を評価したから……かなり危険な賭けだったけど、結果がそういっている。だからずっと黙ってた……でもね、それもここまで、ここから先はかーくんの希望よりも貴女のエゴでしょ?」

 

「そんな事は」

 

「じゃあ聞くけど、手術……100%上手く行くと思ってるの?」


「それは……どんな事にもリスクは」


「また賭け? かーくんは貴女の玩具じゃない、もし失敗したら? もしこれ以上悪化したら? もし足が完全に駄目になったら? 貴女はどう責任を取るの?」


「で、でも……翔君も同意を」


「そうね……貴女の作戦通りにね」


「作戦って」


「違うの? 自分を裏切らない様に周到に行動してたでしょ? 全部貴女の作戦通り、あまっちも、会長も、その妹さんも、陸上部も、橋元君も、そして……私も使って、貴女は彼をまた孤立させた」


「……」


「その沈黙は図星って事かな?」


「……に、逃げた貴女に言われたくないよ」


「そうね……確かに私はかーくんから距離を置いた、甘やかし過ぎた事は反省しなくちゃいけない……でも時間を掛ければ結果は同じ事になった筈よ、もっと安全に今のようになったかもしれない……北海道の事、もしかーくんが死を選んでたら貴女はどう責任を取るつもりだったの?」


「それは……私も」


「それは、責任を取るとは言わない」


「……」


「まあ、いいわ、過ぎた事、それも貴女の作戦なのでしょ? それは、上手く行ったみたいだから……でも毎回上手く行くと限らない、もし上手くいかなかったら、貴女はどう責任を取るの?」


 責任、そう私は責任を取りに来た。

 私の人生を懸けて、一生を賭けて……。



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