第244話 チャンス到来?
燦々と日差しがトラックを照りつける。
使い古され固まった土のトラックはジリジリと焼け、土中の水分を排出させている。
トラックの端で急遽長距離グループと一緒に練習を始めた只野さん。
それを楽しそうに指示している彼。
その私の大好き……だった彼を、まるで幻のように陽炎がゆらゆらと浮かび上がらせていた。
「ふううううううう」
私は長距離と只野さんに付きっきりの大好き……な、翔先輩を、お姉ちゃんのウォーミングアップに付き合いながら、少女漫画の主人公のように諦めきれずに遠くから眺めている。
「灯、なに猫が威嚇してるような声出してるのよ?」
私の声を聞いたお姉ちゃんが柔軟をしながら首を横に振り呆れた顔で私をじっと見ている。
「だってだって、諦めたのに、頑張って頑張って諦めたのに! 別れたって」
「それってあくまでも噂でしょ?」
「でもでも、あんなにべったりだったのに、距離を置こうって言ったって」
「それってそのまんま、兵庫とここの距離の事じゃないの?」
朝食会場に流れていた朝の番組で、円先輩と野球部の橋元先輩が楽しそうに対談しているのを翔先輩は特に驚くことなく黙って見つめていた。
その少し寂しそうな先輩を見て、私の諦めていた恋心が再びキュンキュンと締め付けられてしまった。
「それにしたって、ここから神戸じゃ結構遠いよ!」
「海外に行ったわけじゃあるまいし……」
「何?! お姉ちゃんはもう諦めたわけ?」
「諦めるも何も……私は彼に復帰して貰って、記録でも記憶でも越えて叩き潰すのが目的だから」
「えーーそれにしては……」
「何よ?」
無自覚にも程がある。
「べえつうにいいぃ」
「ふん、そんなに気になるなら直接聞いてみればいいでしょ?」
「だって先輩めっちゃ忙しいじゃない、ゆっくりと話が出来るのって夕食後くらいでしょ? だから……毎晩部屋に押し掛けてみたけど……いつも居ないのよ?! まさか只野さんの部屋に……とか」
「今の話は聞き捨てなら無いけど、とりあえず妹に免じて聞かなかった事にしておくわ、だったら食べ終わって直ぐに行けばいいでしょ?」
「だってだってもしもの為にしっかり汗を流してバッチリ身体を磨いてからじゃないと」
「せめて合宿中にそういうのは止めて」
「合宿以外なら良いと?」
「別れたのを確認してからにして頂戴、そもそもは彼と只野さんとの噂で、陸上部は追い込まれているんだから」
「……本当に別れたのかな?」
「さあ? 多分別れて無いと思うけど、てか、あんたは私の練習の手伝いに来てるんだから、仕事して頂戴」
「はあああい」
私はわざとそう返事をして、渋々お姉ちゃんの練習に付き合う。
それにしても……一体二人に何があったのか? 本当に別れたのか?
もしも別れたのなら……どんな手を使ってでも翔先輩と……。
「今夜こそ」
合宿も、もう終わりが近づいている。
私はそう呟き今夜の作戦を頭の中で思い浮かべていた。
◈◈◈
夕食を終えお風呂も入り準備を整えた私。
念のため下着も新品で上下お揃のものに着替える。
だってだって万が一が……あるかもだし。
そして意を決し先輩の部屋に向かうも、やはりいつものように居ない。
まさかと思い只野さんの部屋に向かう途中、丁度お風呂に行こうとしている彼女に遭遇する。
「おつーー、今からお風呂?」
「……はい」
「えっと……なんか……やつれてない?」
「翔先輩が……鬼過ぎて……」
今日から突然複合競技を目指すと宣言した彼女はいきなりうちの長距離と練習させられていた。
はっきり言ってうちの長距離の練習量は半端じゃない。
全国トップクラスと言っても過言では無いだろう。
昨日まで短距離の練習しかしていない、いや、それもままならない彼女をいきなり全国クラスの長距離トレーニングをさせるとか、無茶苦茶だと言わざるを得ないだろう。
「そ、そっか……えっと、その翔先輩知らない?」
「せ、先輩は近所の公園で秘密の自主トレです」
彼女はそう言うと重い足取りでフラフラと浴場へ向かって行った。
そっか……でも秘密なのに言っても良いのだろうか?
恨みなのか、そんな事さえ頭が回らない程に疲れているのか?
まあ多分後者だろう。
そして、さすがは先輩。
毎日毎晩居ない理由はそれかと私は納得し、どこの公園か調べるべくスマホで地図を開き確認しようと立ち止まる。
すると丁度立ち止まった部屋の中からお姉ちゃんと先生の声が聞こえて来た。
何であの二人が? そう思った私は、辺りを見回し誰も居ないことを確認し、扉に近付くと聞き耳をたてた。
「円さんが?」
「ええ、今電話で」
いつもの明るい先生の口調とは一転、その声のトーンから深刻そうな雰囲気が伝わってくる。
「それにしても休学って」
「!!」
その言葉に思わず声をあげそうになるのを抑える私。
円さんが……休学? 一体なぜ?
「でも今、彼女は兵庫にいるんですよね?」
「そうね」
「翔君は知ってるんですか?」
「多分知らないんじゃないかな?」
「それって……」
「……うーん、まあ、例の噂は本当だったって事かなあ?」
「それにしても翔君に何も言わないで……行っちゃうって事は」
「距離を置こうって言って、海外まで距離を取ろうなんて……もうねえ」
その言葉を聞いて、あまりの驚きに私は思わず扉に頭をぶつけてしまう。
「誰?」
私は持ち前の瞬発地価を生かし、慌ててその場を離れた。
「先輩が……」
可哀想……私はそう思った。
先輩の彼女は、何も告げらずに姿を消そうとしている。
これは……言った方が、でも先輩が引き留めたら……円さんは……。
私はどうすれば良いのだろうか?
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