第34話 外出と外食


 夕方とはいえ、日はまだ高い。

 暖かい空気と冷たい空気が入り交じる5月、直にじめじめした季節がやってくる。


 そして、僕の心は既にどうしようもなくじめじめしていた。


 あんな事が、事故の事が無ければ、ずっとテレビで見ていた人と一緒に外を歩き、そして食事に行くなんて事はあり得なかっただろう……。


 だからといって、そう簡単にテンションが上がる筈もない。


 彼女は僕とずっと一緒にいるってそう言った。

 でも、苦しい思いをしてまで、色々な事を諦めてまで一緒に居て貰いたくは無い。

 そんなのお互いに不幸になるだけ……。


 でも、今すぐに離れてくれなんて言えない自分の弱さに、僕は自己嫌悪に陥る。


 今の僕の学力では、卒業どころか進級すら危うい。

 彼女の教え方は凄く分かりやすく、自分一人での勉強に限界を感じていた事を改めて認識させられた。


 以前から塾に行く事も考えていたが、現状、来年もう一人私立に入る事を考えたらこれ以上親に負担を掛けたく無い。


 それでなくとも父さんの転勤で余計な出費があるというのに、それをするくらいなら、公立に入り直した方がましだ。


「大丈夫?」


「え?」


「なんか元気無いから」


「……いや、大丈夫」


「そう? もう中間が近いからなあ、でも大丈夫! 絶対に期末で取り返せるからね」

 彼女は僕の左腕をグッと掴んで僕を笑顔で見る。

 その笑顔が僕の心を逆に深く抉る……そんな感覚に……なった。



 眠れない日々が続いても、落ち込んでいても、人が生きていくには栄養素が必要で、要するに食べなければ生活出来なくなる。


 食べたくなくとも、お寿司屋に来れば、好きな物を見れば自然と食欲も沸く。


 はしゃぐ気持ちを抑えた彼女は澄ました顔で店内に入るが、足が地についていない様子に、僕の気持ちが僅かに軽くなった。


「うわーー凄い」

 夕飯前という事で店内は比較的空いていた。

 予約名も僕の名前なので、白浜さんが気付かれる事はなく、ボックス席に案内された。


 僕はいつもの通り、湯飲みに備え付けのお茶の粉を入れ、続けて回転寿司屋のあれからお湯を入れた。


「……」


「ん?」


「すごーーい」


「な、何がかな?」


「一瞬でお茶が、魔法?」


「いやいや、どこの異世界の人」


「それって手を洗うんじゃないんだ」


「洗っちゃ駄目だから!」


「あははは」

 冗談を言って笑う白浜さんに僕も思わず笑ってしまう。

 さっきまでの鬱々とした気持ちが少しだけ晴れてくる。


「えっと、取っていいの?」

 ワクワクした顔で、白浜さんは目の前を通過するお寿司を眺めている。


「いいですよ、あとこのタッチパネルでも注文出来ますから」


「え? 凄い、ハイテク! イノベーション! イリュージョン!」


「いや、イリュージョンは違う気が」


「ととと、とりあえず、これ、ああ、行っちゃう!」


「はい、これでいいですか?」

 僕は彼女が恐らく取ろうとしたであろう、玉子を取ると彼女に手渡した。


「うん!ありがとう!」

 彼女は満面の笑みでそれを受け取ると、テーブルに置き、箸で掴むと大きく開いた口の中に一気に入れ頬張る。


「ん! んんん!」

 目を見開き、頬を赤らめ、身体を震わせ全身で美味しさを表現する彼女。

 そんな彼女を見てまた少し元気が出てくる。


 テレビでは見せた事の無い表情の彼女を見ると、何かレアカードでも引いた様な、そんな得した気持ちにさせられる。


「お腹空いた……かも」


「食べて食べて! あ、いくら! ああ、サーモン!」

 次々と皿を取ると、醤油をかけて次々と口に運んで行く。

 何かベルトコンベアの付属品の様に食べて行く彼女に圧倒されながら、僕も久しぶりのお寿司を堪能する。



「あ、あのさ、翔くんって、何で時々敬語なの?」

 8皿程ペロリと平らげた彼女は、お茶を一口飲むと僕に向かってそう聞いてくる。


「あ、そうですよね、なんかその今一距離感が掴めなくて」


「そうなの? 何で?」


「いや、えっと白浜さんは僕にとってテレビの向こうにいた人で、そのなんか感覚がまだ」


「ふーーん、でも今は同級生だし、ためで行こうよ!」


「ええ、そうしようと思っているんですけ、だけど、なんかこう緊張するというか」


「ふーーん、じゃあさ、とりあえず名前で呼んでみよっか?」


「え?!」


「何で驚くの? てか、私はずっと名前で呼んでるじゃない?」


「いや、え? で、でも」


「……は! まさか?! 私の名前知らない? あれ? 言って無かったっけ!?」

 いや、貴女の名前を知らない人は多分日本にあんましいない……まあ、出会った時の僕は知らなかったけど……。


「し、知ってる……ま……」


「ま?」


「ま、ま、まるちゃん」


「そ、それは昔のあだ名だーーい!」


「いや、だって……」


「白丸とかさあ、あまり好きじゃなかったから止めて、なんかまるちゃんて、丸々太ってるみたいで嫌だったんだから~~、それにしても、何で名前くらいで照れるかなあ~~」


 いや夏樹以外の女子を名前で呼ぶとか、僕にはハードルが高すぎる……ちなみに男子110mハードルの高さは106.7cmと結構高い。


「でも、とりあえず敬語は止めようよ」


「は、はい」


「あははは、まあ、いっか、お! ケーキだ」

 白浜さんは回って来たケーキを2つ取ると、またパクパクと食べ始める。


 まだまだ箸が止まらない様子に僕は呆気にとられるも、彼女のテレビでは見せない一面を見れたと、また凄く嬉しくて、更に得した気持ちになった。


 そして、彼女との距離が自分の中で……少しだけ縮まった様な気がした。



【あとがき】


ありがとうございます2章終了です。

次回から一気に物語が動きます。

この話の根幹となります、少々重い話になりますが、宜しくお願い致します。

m(_ _)m

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