1部3章 暗転
第35話 やがて雷雨がやってくる
中間が終わるとじめじめとした季節がやって来た。
梅雨入りにはまだ早いが、変わりやすい天気に僕の鬱々とした気持ちに追い討ちをかける。
中間試験、高等部での初の試験だったが予想通り結果は思わしく無かった。
中間での追試や補習は無い、だけど期末試験との総合判断で、追試があり、そこでも基準点を越えられなければ補習、三期連続で基準点を越えられなければ出席日数等に関わらず問答無用で留年となる。
まだ始まったばかりとはいえ、逆に言えば始まったばかりで既についていけていないという結果に、僕はかなり動揺していた。
「ヤバい」
「まあ、テスト前にも言ったけど今回の中間は中学の基礎がしっかりしてないと駄目な問題ばかりだったからね」
「つまりは中学の問題も解けないって事か……白浜さんはどうだったの?」
「え? ああ、まあ私はそこそこかな?」
そう言っているが、外部入試組がどれだけ出来るか僕は、いや僕達内部進学組は知っている。
恐らくはほぼ満点なんだって事を……。
学校では試験結果や順位の貼り出しはしない。
内部進学組はその差にやる気を無くすのと、外部入試組は安心してしまうからで、夏休み以降に行われる全国模試で競わせ学内では競わせないという方針だからだそうだ。
ただ現状受験の差が出ているだけで、内部進学組のトップグループは元々地頭が良い奴が多いので、毎年三学期期末には外部入試組とほぼ変わらなくなるとか?
そんな上位の話はどうでも良い、現状僕が置かれている立場はかなりまずい。
勉強しても勉強しても身に付いて来ない。
そして、いまだに自分がこれから何をすれば良いのかさえわかっていない。
目の前にいる白浜さんは、僕の夢を、次の夢を応援してくれる為に僕の元に来た。
それなのに、僕は現状夢なんて追える状態では無い。
もう、僕の精神状態は崩壊寸前だった。
「うーーん、集中できない?」
「ごめん……」
「ううん、不安なのは仕方ないよ」
中間が終わり、通常授業に戻った。
本日から、また白浜さんとの勉強が再開するが、僕は今日渡された中間の結果に愕然としていた。
「ちょっと気分転換にコンビニにでも行こっか?」
白浜さんはテーブルから立ち上がると、僕に向かって手を出した。
「え?」
「まだまだ始まったばかりだよ、焦っても仕方ない」
「で、でも」
「大丈夫近いし」
コンビニは、白浜さんのマンションから歩いて直ぐの所にある、学校よりも近いそこに白浜さんは頻繁に通っているらしい。
僕はその手を取るとゆっくりと立ち上がる。
そしてテーブルの側に置いてある杖を手に取った。
「なんか甘い物が食べたいなあ」
マンションを出ると辺りはどんよりと雲っていた。
風が冷たく雨の匂いもしていた。
「降らないかな?」
僕は空を見上げ白浜さんにそう言う。
「うーーん、まあ、近いし、いざとなったら走って……あ、えっと傘買って帰れば大丈夫だと……」
白浜さんは一瞬しまったと言う表情をして、直ぐに笑顔に戻す。
気を使ってくれるのは嬉しいが、気を使って貰う事が心苦しくもある。
ゆっくりとコンビニまで歩き、丁度店の前に着いた時、転んで涙を堪えていた子供が一気に泣き始めたかの如くバラバラと大粒の雨が降りだした。
「あーー降って来ちゃった」
「まあ、仕方ない、傘買っちゃおう」
白浜さんは入口に置いてあったビニール傘を腕に引っかけ、買い物かごを手にし、そして僕の左腕を支えた。
「大丈夫? 雨は滑るから危ないんだっけ?」
「え? あ、うん、でもまだ降り始めたばっかりだから」
右足は感覚が殆んど無いので、滑ったら間違いなく転ぶ、杖も先がゴム製なので滑りやすい。
雪程では無いが、雨は僕にとってあまり良い状況では無い。
「小降りになるまで様子みよっか」
「……うん」
そう言うと窓際の雑誌コーナーに並び二人でパラパラと雑誌を捲る。外は突然の雨で右往左往している人がちらほら見かけられた。
遠くから雷の音が聞こえる。恐らくは通り雨だろうと僕はスマホで雨雲を確認……しようとしたが……。
「あ、スマホ忘れた」
「え? ああ、大丈夫? 私の貸そうか?」
「いや、雨がいつ止むか見ようと」
「へーーーー見れるんだ?」
「え? あ、うん」
「見てみる! どこから見るの?」
白浜さんは嬉しそうにスマホを取り出すと僕に画面を見せ密着してくる。
長い髪が僕の頬に当たり、いつも嗅いでいる凄く良い匂いが香りが強烈に僕の鼻腔を擽った。
「……あ、えっとブラウザで」
「ブラウザ?」
「いや、えっとこれでここから……」
情報の授業とか大丈夫かな? って思いつつ、僕は彼女のスマホを触りサイトで雨雲の様子を見せた。
「これがそうなの?」
大まかな地図の上に雲の模様が映し出され、多分初めて見た人には何のこっちゃってなるだろうそれを、白浜さんと画面を見ながら、時間経過と雲の位置の説明をした。
「じゃあ後10分後に通り過ぎるんだ、すごーい」
「いや、一概にそうとは言えないけど、まあ、小降りにはなるかな?」
「あ、でもまた次が来るみたい、じゃあ小降りになったら急いで帰ろう」
「……そだね」
白浜さんは僕から離れるとドリンクを何本かかごに入れ、デザートをいくつか見繕う。
さらに店内を一回りして、ポテトチップスやらを買い込んでいった。
「またそんな物ばかりで」
「えーーだって美味しいんだもん」
懇願するように僕を見る白浜さん、毎日の様に一緒にいて1ヶ月、少しずつだけど僕は彼女の事がわかり始めていた。
彼女は、はっきり言って世間知らず、まあ陸上ばかりの生活だった僕に言われたく無いだろうが、彼女は僕なんかよりも、筋金入りの世間知らずで、完全に箱入り娘のお嬢様なのだ。
勉強は出来るが常識の欠ける事多々ある。
一番そう思うのは彼女の生活力の無さだった。
その最たる物の一つ、彼女マンションには時々清掃業者が入る。と言っても業者よりもお手伝いさんに近い。
その業者さんは週に一度部屋の掃除と洗濯、冷蔵庫の品物の入れ替えや、観葉植物の入れ替え等をしていくそうだ。
そうだと言うのは、僕達が学校に行っている間に行っているので、実際に見る事は無い。
セレブ御用達の業者らしく、信用もあるとか? ただしお値段もかなりするらしい……。
下着まで洗って貰っているとか、冷蔵庫の余り食材はどうしてるのか迄は知らない。て言うか聞けない……。
何でも教えてくれるからこそ聞けないって事あるよね?
彼女はかご一杯になるまで商品を入れるとレジに向かう。
レジは外国の人でどうやら彼女には気が付いていない様子だ。
そして支払いを終え、袋一杯(殆んどお菓子)にした白浜さんは満足そうにレジを後にして、ニコニコしながら僕の腕を掴んだ。
「本当に小降りになったね!」
「うん」
「凄いね?!」
「そだね」
「じゃあ帰ろっか」
テンション高くそう言って彼女は買ったばかりの傘を開く。
こういう時、荷物を持つのが普通なのに、僕は荷物も傘も持てない。
本当に……情けないな……そう思いつつ、女の子との相合い傘に少しドキドキしていた自分に腹が立つ。
そして転ばないようにマンションに向かって二人で肩を寄せあい、ゆっくりと歩く。
すると、マンションに到着する寸前、唐突に僕を呼ぶ声が後ろから聞こえて来る。
「お兄ちゃん?」
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