第33話 くるくる回る


 中間試験をクリアするべく白浜さんの家に毎日通う。

 でもやはり高等部の勉強は難しく、難航していた。


 そして早くもゴールデンウィーク最終日、教科書や参考書から白浜さんが抜粋したテスト問題をやってみたが……。


「うーーん、応用が出来ないんだよねえ……やっぱり基礎からやらないと」

 思わしくない結果に眉をひそめる白浜さん。


「ごめん」


「ううん、大丈夫、私だって最初は全然だったんだから、任せて!」


 積み重ねが大事なのは勉強でもスポーツでも一緒、それは陸上でわかっている。

 でも陸上と違って勉強に関しては僕に積み上げていた物は無い。

 いや事故から復帰して2年弱、僕は僕なりに頑張って勉強をしていた。

 それでも次々と迫る課題やテスト、僕は目の前の事に常に追われ基礎を疎かにしていた。


 そして……そのツケが、今頃回って来たという事なのだろう。


「中間はとりあえずギリギリで抜けて、期末で取り返す作戦で行きましょう」

 まだ始まったばかりだというのに、すでにギリギリとか僕って一体……。

 

 本当に情けない……。


「大丈夫大丈夫、それでね、あの今日はこの辺にして、ご飯でもどうかなって」

 落ち込む僕を元気付けようとしてくれているのか、白浜さんは赤い顔で僕を見ながらそう言った。


「あ、ええ、今日は妹とは別々の日なんで大丈夫ですよ」


「本当!」


「あ、はい……えっとじゃあ、今日は何を食べ」

「わ、私ずっと行きたかったお店があるの!」

 彼女は僕の言葉を被せる様に生き生きとした顔でそう言った。


「お店?」


「うん!」


「直接?」


「うん!!」


「いや、えっと……バレたら」


「大丈夫! 私、変装得意だから!」


「いや、得意って……と、とりあえずどこに行きたいんですか?」


「あ、あのね、あの……お寿司屋さんに行きたくて」


「お寿司……」

 この間は高級中華、そして今日はお寿司……あの白浜円が行きたいって言うくらいなのだから恐らくは有名店……僕には全くわからない世界なんだけど。

 頭の中で銀座という文字が浮かぶ、そして次にどうやって行くか、電車だとバレるからタクシー? ここからだといくらかかるのだろうか? そもそもそういう店って予約が必要だったりするのでは?


 そう思っていると白浜さんは笑顔で言った。


「あ、あのね、くるくる回ってるお寿司屋さんに行ってみたいの」


「くるくる回る?」

 くるくる回る……目が? 値段で いや違う、白浜さんの言ってるのは……回転寿司か?


「回転寿司って事?」


「そう! それ!」


「それって……行った事無いんだ?」


「あるんだけど、撮影だったから回って無かったの、お店に誰もいなくて」


「ああ、成る程……」


「プライベートではいけなかったし、ほら近くにあるでしょ?」


「ありますね」


「行きたい!」

 もうこれ以上無いのでってくらいに期待に満ち溢れた表情で、目をキラキラとさせた白浜さんに対して、僕が断れる筈も無い。


「……じゃあ、とりあえず……変装してくれます? この間みたいのじゃなくて」


「この間?」


「いえ、まあ、とりあえずやってみて下さい、それで判断しますから」


「うん! わかった、今してくる!」

 白浜さんは嬉しそうに慌てて自分の部屋に向かって行った。


 でも、そんな白浜さんを見て、僕は今少しホッとしている。

 いつも貰ってばかりで、彼女からお願いされるなんて事無かったから。

 お願いって言うにはあまりにもだけど……でも、僕はなんとなく対等になりたかったから。

 彼女とは対等な関係になりたいって……そう思っていたから。


 こうやって彼女からお願いされる事にホッとした。いつかは対等になる時が来るかも知れないって思えて。


 でも、それがいつになるのか、実際にそんな日が本当に来るのかはわからないけど。


 そして、待つこと30分、彼女は予想の斜め上の格好で僕の前に現れた。


「成る程そう来たか」


「どかな?」


「多分バレない」


「やった!」

 彼女は……帽子を被った少年の格好で僕の前に現れた。

 大きめのスエットに腰履きのデニム、身長はそれほど高くなく、体型は細くスレンダーなので、体つきさえ隠せば少年に見える。

 髪は多分纏めて帽子の中にしまっているのだろう、もう見た目は短髪の少年そのものだった。


「その格好してたらいつも出掛けられるのでは?」


「えーーでも頭蒸れるし……買い物とかも男子って思われるし、可愛くないし……」

 それを聞いてやっぱり彼女も可愛くあろうって思っていたんだって、僕はそう思った。

 持って生まれた容姿に磨きをかけて彼女は最高峰の場所で戦っていた。


 それはスポーツと同じ、才能と同じ、僕と同じって事だ。


 でも、だとしたら、今、彼女は、白浜さんはどう思っているのだろうか?

 僕のせいで、あの華やかな世界から身を引いてしまった今、彼女は後悔していないのだろうか?



「予約とかってしなくて良いの?」


「あ、待ってる時間にしておきました」

 スマホにアプリを入れて来店日時を登録するだけ、まだ夕方なのでそれほど混んでいなかったので、そろそろ出れば丁度の時間だ。


「おお! 流石!」


「まあ、じゃあ行きましょうか」


「うん!」


 僕は今から白浜さんと初めて外出、そして外食をする。


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