第104話 危機的状況
あれ? 僕、男の方に入ったよね?
入り口に入った時の記憶を呼び起こすも確信が持てない。
暖簾の色は青だった、でも男か女かはっきりしない。
なんか崩し文字で書いてあった気がする。
でもさ、トイレとかもはっきり書いて欲しいよね、マークとか分かりづらい
よね?
某喫茶店のトイレにかかっている絵なんてパッと見分かりづらい、えっと……これって髭だよね? みたいなのが良くあって一瞬戸惑う。
特に男の方は絶対に間違えられないじゃない? アニメとかでさ間違えて女子更衣室なんかに入ったりするけど、実際やったら社会的に抹殺されるよね?
女子が間違えてもなんか「テヘ」とかで済むかも知れないけど、男がやったら間違いなく停学、場合によっては退学になりかねない。
そう……そうなのだ、僕は今退学の危機に瀕しているのだ。
まさかこんな所で……女子しかいない現状、こういう事には特に配慮していたのに。
ヤバい、ヤバい……どうしよう。
おかま先生、いや、おかまって言うと危機感が薄れる。
舞花先生はフラフラと歩き、洗い場で身体を洗い始めた。
「ぐっ」
その姿に思わず声が出そうになる。
女性の後ろ姿、しかも舞花先生は着痩せするタイプなのか、かなり肉付きが良く、後ろからでもその豊満な胸が見え隠れする。
お尻もかなりの安産タイプ、かといって太っている様には見えないいわゆるダイナマイトボディ。
スレンダーなスタイルの陸上部女子の中では中々お目にかかる事は無いその後ろ姿に、僕は思わず見入ってしまう。
見ちゃ駄目だ、見ちゃ駄目だ、冗談じゃなく駄目だったら駄目だ。
僕は慌てて先生に背を向けた。
もし、もし僕の足が普通だったら先生が髪を洗っている隙に素早く出て事なきを得られるのだが、僕が今ここから出るには、浴槽の段差を這うように乗り越え、そのまま壁際まで這っていき、壁に持たれて立ち上がり、沿うようにして出なければならない。
ううう……そんな変な動きをして、気付かれないわけがない。
「はああ、酔っておふろってええ、だめだけどおお、汗いっぱいかいちゃったからあああ、あははは」
身体を洗いながら僕にそう語りかけてくる。どうしよう、うーーん。
何も言わないのは疑われると、僕は裏声で且つ小声で「はい」と答えた。
「もうさあ、みんな細いからああ、一緒に入るのはつらいのよねえ」
「ふっ」
身体を洗い終えた先生は、そう言いながら浴槽に入って来る。
僕は肩ごしから先生の姿を一瞬見て、慌ててまた後ろを向いた。
ヤバいマジでヤバい……あれは凶器だ。
円とは、いや僕の知っている女子達とは比べ物ならないくらいの胸の大きさに思わず吹いてしまう。
「あーー恥ずかしがりやさんなんだあ、まあ先生も生徒と一緒にはいるのは、ちょっと恥ずかしいかなあ」
ちゃぽちゃぽと音を鳴らして浴槽に身体を沈める先生、いや、今は見てないのであくまでも予想って事だけど。
「はあ疲れた……あはは、皆一生懸命走ってるのにねえ、こんな事言ってごめんねえ、本当……駄目な副顧問だよねぇ、何も知らなくて……」
「……」
そんな自分を責める先生に、僕は黙ってフルフルと顔を降った。
そんな事は無い、本当に色々と助かっている……そう言いたかった。
「ありがとう、でも本当大変よねえ、あの鬼コーチは私への指示も細かくて……でもね、あの子普段はずっと寂しそうにしてて、何かしてあげなきゃって思ってた……ただどうすれば良いかって、他の先生とかに相談しても、体育科から普通科に転科して卒業した奴はいない、どうせ辞めるんだからほっとけなんて言う人もいて……」
そう……体育科創設から今まで、怪我や病気等で運動が出来なくなり、普通科に転科する者は少なからずいた。
でも、卒業した者は僕の知る限り一人もいなかった。
なので僕も今までそれを理由に再三転校した方が良いと言われたが、それを断りいまだにこの学校にしがみついている。
だから教師の中にも、生徒の中にも、僕の味方は殆んどいない。
でも、会長も、そして野球部の橋元もそれを変えないと駄目だと言って僕を支援してくれている。
夏樹や灯ちゃん……そして円は、僕の数少ない味方なのだ。
「だから彼も悪気があってやってるわけじゃ無いから、頑張ろうね」
先生はそう言うと僕の後ろから肩に手を起きそのままスリスリと擦った……あああああ、ヤバいヤバい、さすがにバレる。
さらには先生の胸が僕の背中に当たった。
ぐわああああああああぁぁぁぁぁ……。
妹や夏樹、そして円、今まで僕と接触した事のある3人とは比べ物にならないくらいの柔らかさに、僕は気を失いそうになる。
耐えろ、耐えろ、耐えるんだ。
もうのぼせる寸前、暑さに強い僕だけど、さすがにこれは限界だった。
「あら、やっぱり凄い筋肉ねえ、まるで男の子みたい」
僕の肩を触る先生、これはさすがに気付くだろう……と思った。
しかし先生は一向に気付かない……そう言えば学校では時々メガネをかけていた。
多分コンタクトと併用しているのだろう。
つまり今は酔いと目の悪さの両方で僕に気が付かないと予想出来る。
しかし、僕は普通に脱衣場まで戻れない……さすがに足が悪い動きをすればバレるだろう。
どうする、もう倒れる寸前だ。
もうこうなったら停学覚悟で全てを明かすしか無い……。
「あ、あの」
僕が先生の方に振り返りそう言おうとしたその時……。
「あああああ! そうだ、袴田さんの見回り報告受けないと!」
ザバァっと音を鳴らして先生は立ち上がる。
「ああああ……」
思わず出てしまう声、しかし僕はあまりのタイミングに思わず声が裏返る。
「貴女も早く寝なさい!」
いつもの凛とした顔に戻った先生は目を細め僕を見る。
しかしやはり気付いていないらしく、何事もなかった様に浴場を後にした。
思わず見つめてしまう先生の後ろ姿……ああ、もう限界だ。
僕は浴槽から這い出ると、そのまま仰向けに床に倒れ込む。
「はああああああぁぁぁ」
僕は天井を見上げ深いため息を吐いた。
冷たい床が心地よい……そしてそのまま身体を冷やす。
「ラッキースケベがまさか担任相手とは……」
危ない所だった。停学や退学は少々大袈裟かも知れないが、悲鳴一発で明日から僕の立場は地に落ちる所だった。
ただでさえ毛嫌いされている所で、こんな痴漢まがいの疑いなんてかけられたら、一貫の終わりだった。
火照ったら身体が冷え、先生が出た頃合いを見計らい僕はできる限り素早く浴場から出た。
ちなみに……入り口を確認したが、そこは間違いなく男風呂だった。
「くっそ……あの酔っぱらいが!」
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