第163話 ストーカー?
家に帰ると私は部屋で暫く呆然としていた。
覚悟はしていたけど、実際そうなるとかなりくるものがある。
こうなる事はわかっていたのに……。
ドラマや小説で時々見かける。巣立って行く子供の姿に涙する母親。
大事に育てた息子や娘が家を出る……喜ばしい事じゃない? 私はそう思っていた。
でも、今はなんとなくその気持ちがわかる……いや翔君は息子ではないって勿論わかっているけど。
私はこのモヤモヤとした気持ちを何とかする為に、スマホを手に取り電話をかける。
コールする事十数回、ようやく繋がる。
『…………何?』
めんどくさそうに電話に出るキサラ、でも今はそんな事を気にしてる場合じゃない。
「うわああああああん、きさらああああああああ」
『ちょ、な、なに? ちょっとごめんね』
キサラは側に誰かいるのか? 謝っていたがそんな事はお構い無しに私は話を続ける。
「か、翔君があああ、もう大丈夫だからってえええええ、陸上部に入るから、だから時間、朝とか迎えにいかなくて、勉強以外は必要ないって、そうわああああああん」
『……なに言ってるのかよくわかん無いけど、大丈夫って言われたならいいんじゃない?』
「違うのおおお、だからもう私はいらないってえええ、私いらない子になっちゃったのおおおおおお、うわああああああん」
『……ちょっとマドカ、あんたキャラぶれぶれじゃん!』
「きゃ、キャラとか作ってないもん……」
『はあ、恋をすると人は変わるって言うけど、ちょっと変わりすぎじゃない?』
「こ、恋? 鯉? 濃い? 故意?」
『色恋の恋よ!』
「……誰が!?」
『はあ? あんたがよ!』
「私が? だ、誰に?」
『な!? あんたが翔君によ!』
「ちちちちち、違うよ、恋なんてしてないよ!」
『はあ? あんたこないだ好きって認めたじゃな』
「す、好きだけど、違うよ!」
そう、恋じゃない……恋なんてするわけない……。
『ああ、もうそっから? 泣くほど好きなのに恋じゃないって言い張るの?』
「言い張るも何も、違う、違うもん!」
『……え? うん、そう、ちょっと待ってて』
キサラは電話の向こうで誰かと話している。
「だ、誰と話してるのよ!」
『今、家に天ちゃんが来てるのよ』
「な! 先生が生徒連れ込んで良いと思ってるの?!」
それでなかなか出なかったんだ。
『女同士だから良いのよ』
それが一番危険だって、いや今はそれどころじゃない。
「……わ、私は……どうすればいいの?」
『どうも何も言われた通り好きな事すればいいじゃん』
「好きな事なんて無いよおぉ」
『なんかあるでしょ? 好きな物とか』
「私の……好きなもの………………翔君」
『はあ……』
「な、なによ!」
『いや、あんたの事少し買い被ってたって思っただけ』
「ど、どういう事よ」
『まだまだ子供だってね』
「失礼ね! 老けてるって言いたいの?」
『ガキよガキんちょ』
「ガキって言うなし!」
『じゃあさ、その好きな人を見てればいいじゃん』
「見てればって」
見てるよ、毎日……部屋で……。
『好きなんでしょ?』
「……だいすき」
『これで恋じゃないって言い張るのって……そうか』
「……」
そう、私は……恋なんてしない……これは恋なんかじゃない……、私は……ママみたいにはならない。
『まあいいわ、だいたいわかった……じゃあ一緒に入れば良いんじゃない?』
「一緒にって? お風呂とか?」
『入りたければ好きにしなさい、そうじゃなくて、陸上部によ』
「陸上部? わ、私が?」
私、走れ無いよ? 運動は得意だけど、別に足が速いわけじゃない。
『あんたが入るなら私が顧問を引き受けてあげるわ』
「えええ?」
『学校のお荷物扱いなのよね、まあ全て翔君が悪いわけじゃないみたいだけど、かなりの予算を使って実績が殆ど無い状態、学校側は設備投資の責任を彼のせいにしてるって感じ?』
「入ったばかりで何でそんな事知ってるの?」
『入る前に調べるのが普通じゃない?』
「ふーーん」
天ちゃんのように多分学校の女の子と……まあ、それは言わないでおこう。
『今年陸上部の顧問が辞めちゃって、副顧問の先生が顧問になるって事だったんだけど彼女経験者じゃないから荷が重いって、確か翔君の担任だったかな? 凄く可愛いくておっぱい大きいんだけどさあ、私、年上には興味無いのよね』
そんな事は聞いてない……。
『で、彼女が私に話して来たんだよね、ただまあお荷物部の顧問でしょ? 私一応期待の新人だから校長とかには止められてるんだけどねえ』
「自分で言う?」
『だって本当の事だもん、でも翔君もいるしマドカも入るならやっても良いかなって思い始めてる。だからマドカも一緒に陸上部に入って彼の側で、好きな者を見続ければいいでしょ?』
「……で、でも……」
『あ、心配しなくて良いよ、顧問が辞めちゃった影響で男子部員も殆ど辞めちゃってね、男子陸上部は元々3年生中心だったし』
「それが理由か……え、で、でも……翔君を追いかけるように入るって、それってまるで……ストーカー?」
『ぷっ、あっはははははははは、ようやく気が付いた?』
「え? な、なにがよ?!」
『だってさあ、あんたのやってる事ってストーカーだよね?』
「ええええええ!」
『何を今さら、マドカのやって来た事って責任の押し売りでしょ?』
「押し売りって」
『学校まで押し掛けて、無理やり関係を迫って』
「迫ってない! いいい、言い方!」
『まあ、だから今さらでしょ?』
「え?」
『今さら遠慮したってしょうがないじゃない、あんたはずっと自分のしたい事を優先してきたんでしょ?』
「……」
『彼の為に責任を取りに来たんじゃない、自分の為に……でしょ?』
情けは人の為ならず……彼女はそう言っているのだ。
【情け】とは情けないの【情け】ではなく優しさ、思いやりという意味。
そして情けは自分の為にするもの……。
いつか彼から帰ってくる事を期待して……。
それが人情、ありのままの心……愛情……。
「で、でもキサラはそれで良いの? っていうか出来るの?」
『え? さあ?』
「さあって、そんな軽く」
『まあでも、面白そうじゃない?』
「面白そうって……」
キサラは電話の向こうでケラケラと笑う。
この人は昔からそうだ……面白そうって、それだけで決めてしまう。
でも……確かにそうだった……彼女の面白そうはいつも正しかった。
『陸上部って物凄く可愛い娘多いし、スタイル抜群だしぃ……え? ち、違うよ天ちゃん、一番は天ちゃんだよ! え、えっと、そういう事なんで、まあとりあえず明日昼休み迄に決めておいてね、じゃあ天ちゃんとイチャイチャするからバイバーーイ』
キサラそう言って慌てるように通話を切った。
そういう事ってどういう事とか、どこまで冗談か本気か知らないけど、そこはもう突っ込まないでおこうって思った。
彼女の『女癖の悪さ』は今に始まった話じゃないし……。
そりゃマキちゃんも怒るわけだ……。
スマホを放り投げ私はベッドに倒れ天井に貼っている幼少頃の翔君の写真を見つめる。
「そうか……私……ストーカーだったのか……ふふ、ふふふ、あははははははは」
なんか思わず笑ってしまう。冷静に考えたらそうだよね。
そう思ったら何か吹っ切れた気がした。
今さら遠慮なんていらない……そもそも彼は自分のしたい事をしろって言ったのだから。
最後まで見届ける……それが責任を取るって事だから。
彼の一挙一動を見続ける。
それが、私の一番やりたい事。
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