第188話 応援はしない


 何をどうやったのかは知らないが、円は妹と話し合いが出来る態勢を作ってくれていた。

 一時は殴りあいでもしていないかドキドキしていたが、どうやらそんな展開にはならなかったようだ……いや別に残念ではないよ? でも一度見たけど二人の攻防は凄く見応えがあったから……。


 まあ、天の顔を見るに、普通の状態じゃないのは明らかだった。

 怒っているようなそんな様子だ。


 俺は持ってきたアイスコーヒーをそれぞれの前に置くと円の隣に腰を下ろす。

 その時天の頬がピクリと動いた、

 多分そっちに座るんだ……って思っているのだろう。

 俺は円の味方だって、そして付き合っているのだと、天に初めてアピールした。


「円から聞いたと思うけど、改めて俺から……えっとこの度円と付き合う事になりました……」


「……」


「祝福しろとは言わない、ただ認めては欲しい」


「……認めなかったら……別れるの?」

 天の言葉に円の身体が一瞬震えたのがソファーを介して俺に伝わる。

 

「いや、別れない」


「じゃあ認める必要なんて無いよね」


「……なんでそんなに円が嫌なんだ?」


「そんなの……嫌に決まってる」


「それじゃわからない、俺の怪我が理由なら、それは俺の問題だし……その怪我のせいで天に迷惑がかかっていたとしたら、それは俺と天の問題で円には関係無い事だ」


「……」


「天には凄く感謝している、家の事も殆どやってくれて、怪我をしていた時は俺の面倒もずっと見てくれて、ありがたいって思ってる……でも、それと円と付き合う事は別の事じゃないか?」


 俺がそう言うと天は顔を伏せ首を降る。

 そしておもむろに顔をあげると、俺をじっと見たまま懇願するように言った。


「……なっちゃんがいい」


「え?」


「お兄ちゃんの恋人はなっちゃんがいい! なっちゃんはどうするの? なっちゃんはお兄ちゃんの為に……お兄ちゃんの為だけに……前を進んでいたのに……お兄ちゃんはなっちゃんを、私を裏切るの? 突然現れたこいつとなんて……そんなの、嫌だよ……」


「あ、天……」


「お兄ちゃんはなっちゃんをずっと追いかけて、そしてなっちゃんと結婚して、私達とずっと一緒にいるんじゃ無いの? それが夢だったんじゃない無いの?」

 天は涙をこぼしてそう言った。

 俺も以前はそう思っていた、結婚とかはわからないけど、子供の頃から今までずっとそうやって、過ごしていた。それが目標で目的で、それが楽しかったから、それが楽だったから。

 でも……人生、そう上手くはいかない、楽しい事ばかりじゃない、俺はそれを知った。

 そしてその苦しみを乗り越えるのに必要な物を見つけた。

 

「今まではそうだったけど、でも今は違う……これから先楽しい事ばかりじゃない、苦しい事も一杯出てくると思う……今だって陸上も勉強もギリギリの状態でやってる……そしてそんな苦しい時に一緒に乗り越えてくれる人を俺は見つけた……それは天でもなければ夏樹でもない……」


「それがこいつだってそう言いたいの?」


「うん……天は兄妹、夏樹は幼なじみ……俺にとって姉貴みたいな存在……身内の幸せを願うのはあたり前の事」


「こいつは、円の幸せは願わないって事?」

 天は驚きの表情で俺を、そして円を見た。

 俺も天と一緒に隣に座る円を一度見る。

 円は驚く様子もなくアルカイックスマイルで俺の話を黙って聞いていた。

 多分俺の言ってる意味を理解しているかのように……女神のごとき表情で……。


「円となら苦しみも悲しみも辛さも、そして嬉しさも……一緒に見れるって見て行けるってそう思った……円なら……一緒に不幸を背負って貰える。そして……一緒に死んでくれるって……一緒に死にたいって……そう思ったんだ……」


 俺がそう言うと……天は絶句した。


 不幸にはしたくない、でも……もしも不幸なった時、一緒にいられるのは、いてくれるのは円だけって……俺はそう思った。

 勿論天だって夏樹だって一緒にいてくれるだろう、でもそれは身内だから、身内の義務だから、そんな思いが絶対にある筈だ。

 そして俺はそんな状態に二人を追い込みたくない。


 兄として、弟として……。


「この気持ちがどういう意味なのか、俺はわからなかった……いや、今もわかっていないのかも知れない……前向きなのか後ろ向きなのか……それさえもわかっていない……でも一度どん底まで落ちたからわかる、次そうなった時、一緒にいて欲しいのは……円だって……」


「それが……二人が付き合う理由なの?」


「少なくとも……俺はそう思った……」

 俺がそう言うと円は俺の手に自分の手を添える。

 私もそうだよと言っているかのように……。


「……あっそ、じゃあこれから先……私は用なしって事ね」


「そんな事言ってない! 俺はずっと天にも夏樹にも感謝している、ずっと助けて貰っていた……だからこれからは俺が返す番だって、これから円と一緒に返して行きたいってそう思ってる」


「……結局何を言っても無駄って事ね」

 天は立ち上がり俺達を睨み付ける。

 

「私は応援しない……私はなっちゃんの味方だから……でも、お兄ちゃんの味方でもあるの……だから応援はしないけど……二人の邪魔もしないから……」

 天は健気にも精一杯の笑顔でそう言うと、リビングの扉を開ける。

 そして俺達に背を向けたまま言った。


「今日はキサラ先生の所に行くから、帰りは遅くなる……と、思うだから好きにすれば」

 そう言うと返事も聞かずにパタリと扉を閉じた。


 そしてその瞬間、俺の手に自分の手を重ねていた円が、おもいっきり俺の手の甲をつねった。


「い、いったああああああ!」

 突然何をするんだと円を見ると、円はほっぺをこれでもかってくらい膨らませ、俺をジロリと見つめる。


「な、なんで不幸を一緒になんて言うのよ!」


「ええええええ?!」


「嫌よそんな関係!!」


「そ、そう……だよねえ、ご……ごめ」

 円は俺と同じ考えだって思ってたけど、どうやら違っていたらしい……。

 俺が謝ろうとすると円は俺の謝罪に被せるように言った。


「一緒に幸せになるの?! ううん、私が貴方を幸せにするから! これから先何があっても貴方を不幸になんてさせない! それが……私の幸せなんだから!」

 円はそう言うと俺の手を強く握る。

 痛いくらいに強く強く……。


 うん、そうだった……不幸なんて今は考えない……だって今、こんなにも幸せなのだから。


 そして……俺と円はじっと見つめ合う。

 円の瞳がうるうるとしている……な、何か言わなくては……。

 

「えっと……俺の部屋に行く?」

 俺が恐々そう言うと、円は満面の笑みで「うん!」と、返事をした。


 

 妹の帰りは遅い、両親出張中……今この家には円と二人きり。


 しかも懸念だった妹からとりあえず円との交際の許しを得ている。


 あれ? この状況って……ヤバい?


 

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