第187話 相手の気を引くには怒らせるのが一番
何度も入った事がある綺麗なリビング。
翔君の両親はかなり忙しく、家に殆どいないらしい。
それでも荒れる事のない部屋。
翔君の足が悪かった時も同じく綺麗だった。
つまりこの家の事は天ちゃんがしっかりやっていたって事だ。
翔君の面倒を見つつ、家事をこなしながら城ヶ崎に入学した。
翔君がシスコンなのを差し引いても、彼女を大切にしている気持ちはよくわかる。
もしも天ちゃんが私達の関係を認め無ければ……翔君は私と別れるという選択をするかも知れない。
それは絶対に避けなければいけない。
私はゆっくりと天ちゃんに近付く。
天ちゃんはソファーに腰掛けスマホを見ていた。
「えっと……座っていい?」
「……お兄ちゃんは?」
「あ、うん、とりあえずお茶を淹れに行って貰った」
「ふーーん、そんな事させるんだ」
「あ、えっと、まずは二人きりで話をさせて欲しくて」
「いいわけはいいから、とりあえず座ったら?」
「あ、はい……」
まずい押されている……。私はとりあえず彼女の反対側に座り彼女と対峙する。
相変わらず私を見ないでスマホの画面を見ている天ちゃん。
どうする? 翔君にああは言ったが何も勝算は無い。
こういった時、本来ならば私への不満点、恨み等を聞いたり謝るなり誤解を解くなりするのがセオリーなんだけど、彼女は自分から話す事は無いと言っている。
だから彼女の思いを想像して対処するしかない。
彼女は何故私の事をここまで嫌いなのか? 想像するに、大好きなお兄ちゃんを傷付け、日本一の足を奪い、本人さえも自分から奪われてしまった……って所かなと……そんな当たり前な理由しか思い浮かばない。
うーーん、要するに子供の考えなのだ……翔君も子供っぽい所あるし……やっぱり親がネグレクト気味だとこうなるのかも知れない。
まあ……私も人の事を言えたような家庭環境ではない。
でも、だから気持ちはわかる。
私とこの兄妹はどこか似ている。
「とりあえず、報告が遅れました……私と翔君は付き合う事になりました」
私がそう言うとスマホ操作していた天ちゃんの指が一瞬止まる。
「でも、特に今までと変わるわけじゃないから、安心して欲しい」
「そ……」
興味無さげにスマホを見たまま返事をする天ちゃん……まあこうなる事は想定済み。
ここからどうするか、今のところ方法は二つ……一つは謝る事だ。
恐らく天ちゃんは事故の後の私の対応が気にくわないって思っている。
まあ、それはそうだろう、本人が謝りに来る事なく弁護士立ち会いでママが対処してしまったのだから。
言い訳にはならないけど、当時私は中学1年しかも芸能人、ママやマネージャーに子供が介入しても相手側に迷惑がかかるからと言いくるめられ、命には別状無いからって言葉になんとなく安心してしまっていた。
そして翔君の足の事を知ったのはだいぶ経ってから、今思えばせめてその時に私から謝ればこんな事にはならなかったのかも知れない。
でも逆に、その時謝ってしまっていたら、私は翔君の本当の気持ちを知らないでいただろうし、運命の人、かけがいの無い人に出会う事なく色々な事に押し潰され……もしかしたら……この世に居なかったかも知れない。
だから決めたのだ。私はもう謝らないって……。
つまりはもう一つの選択肢を選ばざるを得ない。
それは……。
「まあ、ブラコンの天ちゃんは悔しいだろうけど、でも仕方ないよね、翔君が選んだのは誰でも無い私なのだから……ふふふふ」
そう、この娘は翔君とそして私と同じで超絶負けず嫌い。
「は? なに言ってんの? たぶらかした癖に、それでも芸能人?」
「あら、でも今や翔君も有名人でしょ?」
そう、彼はあの記録会以来連日取材の依頼が殺到していた。
私との関係での取材は勿論学校側で全部断っているけど、陸上関係の取材は少しずつ受け始めている。
一応謹慎期間中なので電話取材が主だ。
元100m日本一の少年が手術とリハビリを経て走り幅跳びで劇的に復活したのだ。
そんな人をマスコミがほっておくわけが無い。
「お、お兄ちゃんは仕方なくああいう方法で復活しただけ、あんた関係無いじゃん!」
「あらでも、私が翔君にした事が復帰のきっかけになったのでしょ? 翔君も私の為に、【私達】の! 未来の為に跳んでくれたのよ? ああ格好良かった……そこからの告白、今考えるだけでキュンってしちゃう」
「き、気持ち悪っ! ここで燃料燃やしてるんじゃ無いわよ!」
「萌えるってこういう事を言うのね」
「知るか?! あんたオタク? キモ!」
「残念ね、妹じゃあお兄ちゃんとは結婚出来ないものね?」
「は? あんただって出来るとは限らないじゃん! そもそも逆プロポーズ断られてるじゃん、うける~~」
「え~~断られてはいないよ? 18歳まで待とうって」
「い、言ったの?! お兄ちゃんが?!」
「え? 直接言葉には出して無いけど」
「……なあんだ、あんたの空想ね」
天ちゃんは安心した声でそう言ってほくそ笑む。
よし、乗ってきた……でもまだだ……私はさらに叩き込む。
「え~~でも言わなくてもわかるのよねえ、暗黙の了解って言うの? 恋人同士の以心伝心って奴?」
「は? バカじゃん? それ付き合い始めの勘違い、お兄ちゃんはただあんたが可愛いってだけで付き合ってる……」
「あはあ、ありがとう、天ちゃんから可愛いなんて言って貰えて嬉しいわ」
「ちっ……私は別に、お兄ちゃんがそう思ってるだろうって、キサラ先生がそう言ってただけだから!」
ちょっとキサラ……あんた私達の味方じゃないの?
「だ、だからお兄ちゃんは、その……そこまであんたの好きなわけじゃないんだからね? 勘違いしないでよね!? お兄ちゃんは単純だから、その……性欲と恋愛感情がごっちゃになってるだけで……」
照れながらそう言う天ちゃん……なんか可愛いって……ああ、この娘キサラの好みだよねえと改めて思った。
「そうかなあ? スッゴク大事にされてるんだけどなあ? 全然手を出してくれないし」
「ほ、ほほほ、ほら、そんな程度なんじゃん」
少し生々しい話になり、想像してしまったのか天ちゃんは真っ赤な顔で話を続ける。
「まあ、意気地が無いけど、それが翔君の優しさだしねえ」
「……や、優しいのはそうだけど……」
天ちゃんの怒りのトーンが下がり始める。
そしてこのタイミングを見計らったのか、扉がゆっくりと開き翔君がお茶を持って入って来る。
さあ、ここからが勝負だ。
私と翔君はお互いに目を合わせ、ゆっくりと頷いた。
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