第186話 イチャイチャすればいい


 二人でちゃんと話そう……円はそう言ってくれた。

 あの日から、妹は俺と目を合わさない。俺を避け続けている。


 ずっと俺を支え続けてくれた妹、そんな妹が大嫌いな人と俺は付き合っているのだから、こうなるのは仕方ない。


 よくある嫁姑問題、そんなの嫁を取るに決まってるじゃんってそう思っていたけど、こうなってみると凄くよくわかる。今は小姑嫁問題……って円は嫁じゃないけど……まだ……。


 仮にそうだとして、どっちかなんて選べるわけもない。

 だからなんとか、わかって欲しい……天に認めて欲しい、祝福して欲しい。


 そしてもし……もしも駄目なら俺は覚悟を決めていた。

 今日駄目だったら……。


 そんな事を考えながら玄関で俺は円を待っていた。


 約束の時間まであと10分弱、すると階段からトントンと足音が聞こえてくる。


「え?! あ、天?」


「……お、おはよ……」

 あの日から、俺が円に告白したあの日から、天は俺を一瞬見ると直ぐに目を反らす。


「あ、うん……おはよ……え、えっと出掛けるの?」


「うん……買い物」


「あ、えっと急ぎ?」


「別に違うけど……」


「じゃ、じゃあまた今度にしない?」


「……なんで?」


「いや、えっと……」


「誰か……来るの?」


「あ、えっと……うん」


「……円?」


「……うん」


「そ、じゃあ邪魔しちゃ悪いね」

 そう言って天は俺の横を素早く通り抜け、靴を履き始める。


「いや、えっと、天にちょっと話があるんだけど」

 俺がそう言うと靴を履いた天はその場で踵を返し俺を見上げた。


「なに?」


「あ、えっと……ま、円と一緒に話が」

 俺がそう言うと天の顔がみるみると紅潮していく。


「私は話しなんてない」


「いや、俺達が天に」


「聞きたくない!」


「た、頼む聞いて欲しいんだ」


「どうせ何言っても無駄なんでしょ?! もう付き合ってるみたいだし! 私……今日帰らないからここでいちゃつけば良いじゃん! セックスでも何でもすれば良いじゃん!」


「あ、天!」

 俺は天の肩を掴もうとするも、天はヒラリと俺の手を交わし玄関から飛びだそうと扉を開けると、そこには円が立っていた、


「…………退いて」


「……嫌よ」


「退きなさいよ!」


「駄目」


「退けって!」

 天が円に向かって手を出そうとしたその時、円は一歩下がって深々と頭を下げる。


「お願い……ちゃんと話をさせて」


「……話すことなんてない」


「聞いてくれるだけで良いから……お願いします」

 頭を下げながら必死にそう言う。


「……ふん……わかった……聞く……だけ聞いてあげる」

 

 そんな円の殊勝な態度を見て天は再び踵を返すと、靴を脱ぎ俺をひと睨みしてリビングに向かって歩いて行く。


「円……」

 俺は裸足のまま玄関に降りると、いまだに頭を下げたままの円の肩にそっと触れた。


「はあ……最悪からのスタートだねえ、逆転出来るかなあ?」

 円はゆっくりと顔を上げると涙目で俺を見てそう言う。


「……助かったよ……危うく出ていかれる所だった……ごめん俺ってやっぱり情けないね」

 円にここまでさせてしまった事に心苦しくなる。


「あははは、翔君が情けないのは今に始まった話じゃないよ」


「おふっ……」

 円の言葉が胸に突き刺さり思わず声が漏れた。


「大丈夫、そんな翔君を好きになったんだから、それにね、翔君の情けなさって他人への優しさのせいだから」


「あはははは」


「でも……優しすぎるのも考えものだよね、彼女としては自分以外に優しい人ってよくは思わないからね?」


「あ、はい……」


「じゃあそれを踏まえて行こっか」

 円は白いワンピース姿で俺に向かってそう言う。

 その真っ白なワンピースが一瞬ウエディングドレスに見えてしまう。


「ふ、服、可愛いね」

 俺は照れながら円にそう言った。


「可愛いのは服だけ?」


「え? あ、うん、ま、円も可愛い」


「あははは、言わせちゃった……でも始めて褒めて貰えて嬉しい」

 靴を脱ぎながら円は俺を見ずにそう言う。


「え? 言った事無かったっけ?」


「無いよ」


「そうだっけ?」


「うーーん、多分?」


「なんだよそれ」


「「あはははは」」

 二人で同時に笑った。こんな他愛ない会話が凄く楽しい。


「さあ、説得するか」

 円は一頻り笑うと両手を上げ背伸びをする。

 ノースリーブのワンピースから円の脇が見えた。


 俺は思わずガン見してしまうと円は俺の視線に気が付いたのか、ニヤリと笑う。


「へえ、翔君って脇フェチなんだあ」


「え? いや、違う!」


「そっかそっか、そうだよね、翔君ってさあ、女子の身体見慣れてるんだよねえ、そりゃ私が誘惑しても乗って来ないか」


「ええええ? ち、違う」


「そっかそっか、こういうのがお好きか」


「違う、待って……違うから!」


「ねえ……本気でイチャつくんなら私出かけるけど」

 俺と円がいつまでもリビングにたどり着かないのに痺れを切らした天が、リビングから不機嫌そうな顔を出して俺達にそう言う。


「ごめんごめん、今行くから」

 円は天に向かって両手を合わせ今度は軽い感じでそう言った。


「……」

 天はそんな円の態度に諦めたのか、何も言わずにリビングに戻る。


「翔君……とりあえず3人分のお茶をお願い、出来るだけゆっくりで」


「え?」


「とりあえず二人で話してみるから」


「あ、うん……大丈夫?」


「うん、まあ最悪殴り合いだけで済ますよ」


「いや、それ全然大丈夫じゃ無いよね?」


「よろーー」

 俺が円は俺にも軽い感じでそう言うと、俺に向かって手を 振りリビングに入ると、パタリと扉を締めた。

 

 ああいう軽い感じの時の円って……すげえ怖いんだよなあ……。

 俺は戦々恐々としながら、リビングの扉を一瞥し、そのままキッチンに向かった。

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