第203話 作られた告白


「かーくんってそんな人だったっけ?」

 夏樹が俺を見てそう言う……いやいや、夏樹がそれ言ってどうする?

 俺はその夏樹の言葉に思わず絶句してしまう。


 冗談なのか本気なのか……夏樹って昔から何かこう掴み所の無い性格だった事を俺は今さらながらに思い出す。


 なんとかと紙一重って奴だ。


 いや、そんな場合じゃない……ここにはもう一人俺がそんな人じゃないって事がわかっている人物がいるじゃないか! とすがる思いで灯ちゃんを見る。


「せ、先輩ってそんな人だったんですか……ショック」

 いや、お前もかよ! ショックなのは俺だ!


「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺がそんなことするわけないだろ?」


「で、でも! 円さんに告白してたじゃないですか! しかも陸上部に連れ込んでまでイチャイチャして!」


「してねえええええええ」

 円と陸上部活動中にイチャイチャした記憶は無い!

 そもそもそれ以外でイチャイチャした記憶も殆んど無いって言うのに……。


 付き合う前の方がよっぽどイチャついてたよ!


「はあ、かーくんも思春期だもんねえ」

 夏樹はため息をついて俺の女好きを肯定する。

 てか、そのセリフ、幼なじみってより母親じゃね?


「いや、ちょっと待って違うだろ? そうじゃないだろ? なあ夏樹──」

 とりあえず……灯ちゃんというポンコツは、ほっとこう……夏樹……お前だけは真実を、俺がそんなことしないって、そんなことするような男じゃないって、知っているよな?


 俺は懇願するように夏樹にそう言うと、夏樹の顔がハッとした表情に変わった。


 そうか、そうだろ、言ってくれ、さあ! 俺の無実を証明してくれ!

 俺の考えを読んでいたかのように夏樹は悪かったねと俺の肩をポンポンと二度叩き、態度でそう示す。


「そうだったそうだった、忘れてたよ~~ごめんごめん」

 夏樹はテヘペロをしながら俺を見てそう謝った。


「そうだよな? ほら! 灯ちゃん、ちゃんと夏樹の話を聞いてくれ、夏樹も灯ちゃんにちゃんと言ってくれ! 俺はそんな奴じゃないって、さあ俺の無実を晴らしてくれ!」


「うん、ごめんごめん、そうだったそうだった、ハーレムに天ちゃんが抜けてたよ~~」


 な、なんで天が出てくるんだあああああ!


「……せ、先輩……ま、まさか実の……妹までも……」

 灯ちゃんがこの世の物とは思えない物でも見たような表情に変わる。

 そして全身を震わせながら一歩二歩と後退りしながら俺を見つめる。


「ちがああああああう!!!」

 俺は大声でそう否定した。


 そして俺のその大声が号令になったかのように、部室前に部員全員が集まってきてしまう。


 さすがに二人のことが心配になったのか? 集まるなり騒ぎ始めた。


「ねえ、どうする?」

「合鍵って無かったっけ?」

「キサラ先生が持ってるけど」

「あとは職員室にあるけど、今日いるかな?」

「いたとしても何て言うの?」

「無くした……とか?」

「始末書は誰が書くの」


 ざわざわと皆がそう言い出してしまった。


 どうするか……ここでただ待つのもそろそろ限界に近い。

 

 とりあえずノックをしたり大きな声で呼び掛けるたりして見るか?


 よし、まずはノックだ! と、そう思ったその時唐突に部室の扉が開いた。


「……どうしたの皆?」

 中から円が出てくると、不思議そうな顔で周囲を見回す。


「あ、あの……二人が何か真剣な顔で中に入って行ったから心配になって」

 とりあえず代表として灯ちゃんが円に向かってそう言った。


「あ、うんそっか、えっとね……ちょっと話があって……」

 円はいつもとは違う少し困った表情で、戸惑いつつそう返事をする。

 そして円はそう言うと俺の顔をチラリと見た。


 え? 何その顔は、俺に何かを目で伝えようとしているのはわかるけど、それが何か俺にはわからなかった。


「えっと円さん、只野さんは?」

 灯ちゃんが円にそう聞く。

 1年生なれど会長の妹ということなので皆彼女に任せている様子だ。


 一応今揉めている……と思われているのは円と只野さん、会長と顧問がいない状況で全体のこういった自体の時に任されているのは円なのだが、今は当事者になってしまっている、

 そしてその次は俺なんだけど……その当事者の彼氏って事で俺も前に出るのを控えている。


 その灯ちゃんの一言で円は外に出ると一歩横に寄った。


 そして、次に只野さん後ろから外に出てくる……。

 一瞬まさか、殴り合いにでもして顔や全身が凄いことになってたりして……なんて思ったがそんなことも無く只野さんは少し緊張した面持ちで外に出る。


「た、只野さん大丈夫?」


「……はい」

 灯ちゃんの声掛けに応える只野さん。

 でも、その表情はどこか浮かない。


 一体中で円と、どんな話をしたのか?

 この中でわかっているのは当事者の二人と俺だけ。


 いや厳密に言えば俺もあまりよくわかっていない。


 でも、それにしても……円の表情が気になる。

 中で一体なにを話したのか?


「えっと、聞いてもいい? 一体何をしてたの?」

 皆が一番気になっているそれを、灯ちゃんが聞いてみる。


 すると灯ちゃんが俺をじっと見つめた。


 やっぱり俺のことか……まあ、仕方ないファーストフードとカラオケに行ったのは事実なのだから。


 確かに円と付き合い始めた直後に後輩と二人きりでそんなところに行ったのは駄目なことだと思う。


 だからここはあえてそれを受け入れよう、円と只野さんを傷つけたのは俺だって、そう謝ろう。


 俺はそう思いつつ只野さんの言葉を真剣な顔で聞く。

 すると只野さんは、皆に向かってとんでもないことを言い始めた。


「せ、先輩に……付き合ってくれって言われて……だから……円さんに……せ、先輩と別れてくださいって……話してました」


「「「は?」」」

 円以外の全員が揃ってそう言う……勿論俺も含めて……。


「せ、せんぱいいいいいいい!」

 隣にいた灯ちゃんが只野さんの言葉を聞き、俺の首を思いっきり締めた。


「ち、ちがうううううう」

 まだ半信半疑なのか? 灯ちゃんはガチで締めてなかったので俺の口からかろうじて声が出た。


 しかしそんな俺を谷に、いや地獄に突き落とすような決定的な声が、音声が……只野さんの方から聞こえて来る。


『どこに行くのかわからないからさ、付き合うにあたって』


『…………え?!』


『せ、先輩って……奥手そうに見えて、結構大胆ですよね』


『そうかな?』


『そうです……でも…………良いですよ付き合っても』


『え? ああ、そ、そうか、ありがとう!』


 間違いなく俺と只野さんの声だ。


 首を絞められながら灯ちゃんの後ろにいる只野さんをチラリと見ると、スマホを握りしめ俺との会話を鳴らした状態で固まっていた。


 そして……それを聞いた瞬間、灯ちゃんの締める力がガチのそれになる。


 俺は首を絞められたせいか? それともこの状況から脳が現実逃避したかったのか?


 そのまま意識を失った。

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